第16話 闇の秘宝


「それでさ。オレ、もうだめだーって思ったわけ。でも、トジの言葉がよぎったんだ。どんなことだろうと、やるだけやった方がいいって。それでさ、最後の力を振り絞って、こう!」


 無茶な体勢から魔法を放つ真似をして、キラリと笑顔を向ける。


「それで、オレは新魔力会のメンバーになったってわけ」


 もう何十回と聞かされた説明だ。


 談話室や、教室にいると、誰かしらがミントに、どうやって新魔力会の入部テストを突破したのかと聞きに来る。


 新魔力会とはそれほどのクラブであるのかと驚くと同時に、どれほど入るのが難しいのか。そして、最低のウカヲ寮からそのメンバーになれるということがどれほど凄いことなのかをトジも理解するようになった。


 まあ、ミントは毎回嬉しそうに説明し、最初は極めて謙虚な説明だったのが、少しずつ付け足されて行って、今では、トジの幽霊がミントの背中で囁いたことになっている。


 やれやれと、肩をすくめながらも、トジは嬉しかった。


「ミント。おめでとう」


「ああ、トジ。ありがとう。お前のおかげだよ」


「ワシ―――俺は、少し手伝っただけだ。お主の幽霊となってな」


「あ、あれはー。ちょっとした演出さ。その方が盛り上がるだろ。オレに聞きに来る人って、そうゆうの求めてるし」


「咎めてはおらぬよ。じゃが、あまり気を抜きすぎるでないぞ。新魔力会とは何をするクラブなのかもよく分かっておらぬだろう」


「それがいいんじゃないか。活動内容は一切秘密の最強クラブ」


 自分で言って、自分がそのメンバーだということに、二度感動しているミント。


「うむ。そろそろクラブ時間ではないのかね」


「あ、そうだった。じゃ、早速行ってくるわ」


 スキップしながら、クラブへ向かっていくミントを見送っていると、背後から声がかかった。


「嬉しそウだね」


 驚いて振り向くと、肩をすくめるように笑うリージョがそこにいた。


「! リージョか。そうじゃな。ミントは憧れのクラブに入れたのじゃ。あんなことがあった後じゃし、さぞ嬉しいじゃろうな」


「違うヨ。キミのことダよ」


「ワシ? いや、俺が?」


「うん。自分の事みたいに嬉シそう」


「そうじゃろうか。いや、お主がそう言うのならそうじゃろうな」


 実際、トジは自分の事のように嬉しかった。


 ミントは良い友人であり、ミントがいなければトジは、今だ暗い復讐心を持っていたままだっただろう。


 もし、入学してミントから現代魔法を教わっていなかったら。


 もし、ミントがトジのことを変な奴と距離を取っていたら。


「ねエ。祭礼の秘宝って知ってル?」


 嫌な想像はリージョの言葉に遮られた。


 ありがたいと、その話題に乗る。


「祭礼の秘宝? 祭礼とは、何かの儀式かの」


「ウン。お祭りとも言うけど、多分、儀式だと思うヨ」


「その秘宝とな? 何なのじゃそれは」


「儀式に必要な道具ダヨ」


 リージョは鞄をゴソゴソと探るが、華奢な体格とは似つかない大杖が邪魔をしているようだった。


 ようやくお目当てのものを探し当てて満足げなリージョが見せてきたのは、薄い本であった。


「これは?」


 聞きながら開くと、どうやら絵本のようである。


 タイトルは、闇の秘宝。


 十ページほどの物語は、子供向けに作られたお話なのだろう。


 簡単に要約すると。


 とある魔法学園で、次々と難解な事件が起こる。それには、闇の秘宝という危険であり素晴らしい魔法の品が関わっていた。


 事件を解決し、闇の秘宝を集めた魔女が、二度とこのようなことが起こらないよう封印するため、祭礼の儀を行った。


 すると、目の前に神が現れ、魔女の功績を讃えたのだ。


「ふむ。初めて見る物語じゃ」


「私は子供の頃から読んでたヨ」


「それで、この絵本に出ている秘宝が、祭礼の秘宝という訳かの」


 絵本には、三つの品が描かれている。


 どんな魔法も防ぐ、魔弾きのペンダント。


 どんな魔法使いも魔力が倍増する、神秘の聖杯。


 どんな魔法もリセットさせる、魔封じの懐中時計。


「ペンダントと聖杯は、分かるが、どんな魔法もリセットさせるとはどうゆうことじゃ」


「その場にかかってる魔法をなクスの。この前の地下室で使えば、騎士も出てこないし、出口も現レる」


「ふむ。確かに、その場に干渉する魔法は強力なものが多い。それに魔法で隠された部屋や品物を見破るのは便利じゃの」


 うんうんと嬉しそうにリージョは頷く。


「して、その秘宝がどうしたのじゃ」


「学園にあるンだ」


「? その闇の秘宝が?」


「ウン。この学園にあると思うヨ」


 当然だという言うように頷くので、トジも思わず信じそうになったが、大事なことを忘れている。


「これは、子供向けの絵本じゃろう」


「そうダヨ」


「ならば、何故、秘宝が存在すると言えるのじゃ」


 すると、リージョはまたしても鞄をゴソゴソやりだした。


 今度はトジが杖を持つことで、先ほどよりも早くお目当ての物を探し当てたようだ。


「ありがト。その絵本には、続きがアルの」


「続き?」


 渡されたのは、随分と古そうな、どちらかというと売り物ではないような、これまた絵本である。


 タイトルは闇の秘宝と祭礼の儀。


 内容は、魔女が闇の秘宝を集める所までは同じだったが、随分と省略され、その後の展開が違った。


 前の絵本では、魔女が闇の秘宝を封印するような書き方だった。


 しかし、こちらの本では真逆。


 闇の秘宝をあることに使うために、祭礼の儀を行ったとある。


 魔女の前に現れた神は、魔女を褒めることはなく、むしろ拒絶し、退けようとした。


 だが、魔女は神を捕らえ自らの力とした。


 神の力を得た魔女は、永遠の時を生き、どんな魔法も扱えるようになった。


 しかし、神の力は強大で、魔法を使うと何年もの眠りにつかなくてはいけない。


 魔女は今もどこかで眠っており、目覚めた時、人々に復讐をするだろう。


「……あまり、子供向けとは思えぬな」


 全体的に暗く、絵もおどろおどろしいものばかりだ。


「デモ、本当はそれなんだヨ」


「本当とは?」


「最初は、そっちを売ろうとしたんだケド、暗すぎるって改変されたノ。魔女は復讐のためじゃなくて、封印するために闇の秘宝を集めたことになって、神様に褒められるノ。でも、本当は逆なの。復讐の為に秘宝を集めテ、神の力を取り込もうとしたんダヨ」


 この世界。特に魔法がかかわったことで、はなから否定するのは愚か者のすることだと分かっているが、それでも少々納得がいかない。


「ふむ。だとしても、何故、絵本が改変されたとリージョが知っておるのだ」


 そんな簡単なこと、とリージョは絵本の隅を指す。


「ジュリア・J・ジュリア?」


「私のおばあちゃんノ名前。嘘みたいッて言われるケド本当」


「……つまり、お主のおばあさんが書いたものだから本当じゃと」


「ウン。おばあさんが二年生の時に実際に起こった事件を元にしてるッテ言ってた」


「それは何年前に起こった事件なのじゃ」


「ウーン。多分、六十年くらい前? 丁度、あの区画が封鎖された年と同じだヨ」


 リーライン魔法学院には、封鎖された区画がいくつかある。


 だが、彼女が言っているのは謎の爆発があった区画だろう。


「ワシが知らぬのも無理はないか」


 トジは六十年前に学園を去った。それ以降の出来事は知りようがない。


「して、その秘宝が何故学園にあると?」


 仮に、絵本の内容が実際に起こったとして、その秘宝が何故リーライン魔法学院にあるのだろうか。


「私、持ってるカラ」


「なんじゃと」


 思わずトジは、リージョを二度見した。


 リージョは相変わらず焦点の合わぬ瞳で、当たり前のように言う。


「神秘の聖杯持ってるノ」


 そう言って、また鞄をゴソゴソやりだした。


 リージョの大杖を持ちながら、現れた品を見た途端、トジは呆然となり、大杖を返すのを忘れていた。


「? どうシタの」


「……それが、神秘の聖杯なのか」


「ウン」


 そう言って見せるのは、いたって普通の木製のマグカップ。


 既製品ではなく、手作りのような凹みや形をしている。


 裏側にはハートをぼかしたようなマークが入っており、とても聖杯とは思えない。


「マグカップに魔力を注ぐノ。どんなお爺ちゃんでも元気になるヨ」


 実演しようとしたリージョを、トジは無言で止める。


「そ、それを見せてくれぬか」


「おばあちゃんに、人に渡すなって言われてるケド、キミならいいよ」


 渡されたマグカップを、トジは眺める。





「先輩。そのマグカップ恥ずかしいからやめてくださいよ」


「なあに恥ずかしいって。君が、私に、愛の証としてくれたんでしょ」


「ミラ先輩。何言ってるんですか。それはテストの練習で作った余りですよ」


「でも、くれたんでしょ」


「……まあ。あげましたけど。愛の証とかそうゆうのではないですからね」


「じゃあ、この底にあるハートみたいなマークはなによ」


「え、どこです? ……確かにハートに見えなくもないですが、違いますよ」


「ひどーい。トジってば、私の純情を弄んだのね」


「あーはいはい。分かりましたって。今度新しいの渡しますから」


「ダメ!」


「え?」


「あ、いや。私は別にこれでいいわ。これがあれば、いつでも君をいじれるからね」


「ミラ先輩って、どうしてそんなに意地悪な思考を手に入れたんですか」


「……生まれの問題よ」


「人は生まれではなく、その後の環境によって変わる。俺がいい例ですよ。去年まで真面目だった俺は、今ではこんなに校則を破ってますからね」


「それ自分で言う? でもま、確かにそうね。あーあ、超真面目君だったトジを弄ぶの楽しかったのになー」


「はー。全く。何でこんな人について行ったのか」

「あはは。本当にね。君は面白い。あーあ、ずっとこの時が続けばいいのになー」





 あの時。


 テストの練習で作ったマグカップ。


 本番ではもっと綺麗に、完璧なマグカップを作った。


 けれど、ミラ先輩は受け取らず、そのままボコボコのマグカップを使い続けていた。


「……これじゃ」


 間違いない。


 ミラ先輩に渡してから気づいたハートのような模様も他の傷も同じ。


 あの時、ミラ先輩に送ったマグカップで間違いない。


「……リージョよ。これはどこで手に入れたのじゃ」


「私は、おばあちゃんから貰ったノ。おばあちゃんは、学園のクラブで貰ったッテ言ってた」


「……もう一度、聞いてみれくれぬか。手紙には、このマグカップを作った者が知りたがっていると書いて」


「? 誰が作ったノ?」


「おばあさんの返答を聞いてから教えよう」


「いいヨ。キミの頼みだから」


「ありがとう」


 また一つ。


 また一つ、ミラ先輩に対する謎が増えた。


 ルソ・クラブが地下に隠されていた謎。


 トジがミラ・ジャスミンへ送ったはずのマグカップが、神秘の聖杯として物語の中に登場したこと。


 そして、その物語は実際に起こった事件を元にしているという。


「何が、あったのじゃ」


 物語を信じているわけではない。だが、マグカップは現にリージョが持っている。


 たんに、ミラ先輩が誰かにあげただけの可能性だってある。


 手掛かりは待つしかない。


 いや、手帳がある。


「リージョよ。すまぬが用事が出来た」


「ウン。私も、お手紙書くから。じゃあネ」


「うむ」


 リージョと別れ、急いで図書室へ向かうのだった。

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