第9話 ルソクラブ
「ルソ・クラブ? なにソレ」
刹那、脳裏に浮かび上がる過去の光景。
「見て、トジ。これが私達の新しい部室よ」
「先輩。この金板って、本物の金なんですか」
「そうよ。しかも私の魔法で作り出したの。凄いでしょ」
「でも、このルソ・クラブって名前はどうなんです。古代語で神ってことでしょ」
「いいじゃない。私達にピッタリよ」
「そうですか? それにしても、よく許可が下りましたね」
「ええ、まあ、すこーしお願いしたら頷いたわ」
「……やったんですか」
「しょうがないじゃない。精霊の姿を見るって研究は禁止じゃないけど、グレーよ。あの石頭を頷かせるには、魔法しかないわ。トジまで、私を否定する気?」
「……やったことは仕方ないです」
「とか言って、本当は研究できるの嬉しいんでしょ。だから、大真面目君のトジも見て見ぬふりって訳ね。あー悪い子悪い子」
「怒りますよ」
「はいはい。それじゃ、早速、新部室のお披露目でーす」
扉は開いた。
「おお!」
あの時の感動と同じだった。
初めて部室に入った時の嬉しいような、むずがゆいような感覚。
記憶が蘇ってきたからじゃない。
あの時のまま、ほとんど変わらずに、その姿を保っていたからだ。
一歩踏み出す。
埃が舞うが気にせず、燭台に明かりをつける。
「変わっておらぬ」
本棚の位置も、机と椅子の数も、大鍋や瓶の配置も、ほとんど変わらずにそこにあった。
「キミは、来たことあるノ?」
「……」
問いには答えずに、トジは部屋を歩く。
そこまで大きいとは言えないが、先輩と二人で研究をするには十分なスペースがあった。
「ミラ・ジャスミン」
おもむろに呟いたのは、懐かしさからではない。
「だれソれ?」
リージョはきょろきょろと部屋を見回しながら問う。
「この部屋の主の名じゃ。六十年も昔の話じゃがな」
部屋を一通り見回して、トジは深い深い息を吐く。
ここは楽しい思い出と同じくらい、後悔の、復讐を想った場所でもある。
「じゃが、何故こんな場所に?」
トジがいた頃のルソ・クラブは、学園の中にある普通の部屋だった。
それが何故、こんな場所にあるのだろうか。
それも、入り口に魔法がかけられ、影の騎士が守っている。
「普通ではないな」
「ここっテ、何かの研究所? 随分使われてないみたイだけど」
リージョは本棚から適当な本を取り出し、首を傾げる。
「この本、禁書のはずナノに」
パラパラとめくっているのを覗き込めば、そこにはいくつものメモ書きや訂正がされている。
「先輩の文字じゃな」
「?」
「独り言じゃ」
さて、ここはどうやら本当にルソ・クラブのようだ。
何故こんなところにあるのか。どうして魔法的な防御があるのか。
いろいろと気になることはあるが、まずはここから脱出することが先決である。
「その前に、一応調べておくかの」
トジは中身の入っていない大釜の中に数冊の本を入れる。そして、先輩の机の引き出しを引っ張る。
すると、扉近くの燭台が壁の中へと入っていく。代わりに、燭台のあった場所には金庫が現れていた。
「すごーイ」
感心しているリージョをよそに、トジは唱える。
「ルソソウヤ ミラトジ」
カチリと鍵の開く音がした。
金庫の中には手帳が一つ。
表紙には、何も書いておらず、けれどそれが何なのか、トジには分かっていた。
手帳を懐にしまい、リージョに帰ろうという。
「出口分かったノ」
「うむ。おそらくじゃがな」
トジはルソ・クラブを出て、地上への階段を登っていく。
リージョは相変わらず鼻歌を歌い、トジはコツコツと響く足音を聞きながら考え事をしていた。
一年。
トジがクラブを辞める前は、こんな事にはなってなかった。少なくとも、その兆候は見られなかった。
ならば、トジが抜けてからミラ・ジャスミン先輩が卒業するまでの一年でああなったのか。
それとも、先輩が卒業した後にこうなったのか。
見た感じでは荒された形跡はなかったが、魔法的な防御はかかったままだった。
そもそも、こんなところに隠されているくらいだから、何かから守ろうとしたのだろうか。
元々、あまり歓迎されない研究だったのもあるが、だとしても、あまりに誇大な隠し方だ。
「どうやって出るノ?」
いつの間にか出口に着いたようだ。
出口と言っても、見えるのは地面に塞がれた空間だけ。
「もしここが、あの部屋の主と同じ人物が隠したのなら、簡単じゃ」
トジは唱える。
「ルソソウヤ ミラトジ」
神の御業。
古代語でそう言い、かつて部屋を使っていた二人の人物の名前を告げる。
すると、ゆっくりと地面が揺れ始める。
「わ、すごーイ」
ふわりと、布を取るように出口を塞いでいた地面はどこかへと消えてしまった。
「待つのじゃ」
外へ出ようとするリージョを止める。
「どうしテ?」
「おそらく、影の騎士は残ったままじゃ」
どうするのと、首を傾げるリージョに、任せるがいいと頷き、トジは外へと出る。
やはり、そこに騎士はいた。
くるりと、生物的な動きではない、機械的な動きでこちらを向き、問答無用で大剣を振り上げる。
「ミラ・ジャスミン。トジ・ウジーノ」
ピタリと、騎士の動きが止まった。
「ハアモサラスレロマモ」
ガタリと、音を立てて騎士は片膝をついた。
そして、頭を垂れる。
「ルソソウヤ ミラトジ」
トジがそう唱えると、騎士の姿は影のように消えていった。
「もう大丈夫じゃ」
リージョに手を貸しながら、今度は階段にも同じ言葉を唱える。
すると、満月の光があるというのに、階段は地面へと消えていった。
「キミ、なにもノ?」
リージョは面白そうに尋ねる。
「トジ・ウジーノ。今は学生じゃよ」
「私モ。リージョ・ジュリア。学生だよ」
「そうか。そうじゃったな」
満月を眺めながら、トジとリージョはそれぞれの寮へと帰るのであった。
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