第17話 小さな後悔


 あれから数日たった。


 リージョのおばあさんからの返事はまだない。リージョがどこに住んでいるか分からないが、空飛ぶ速達便を使うよう頼んだので、手紙は届いているだろう。


 返事を出す気がないのか。それとも、悩んでいるのか。


 どちらにせよ、そちらからの情報がない以上、自分で探すしかなかった。


 手帳にかじりつき、隠されているのなら、草の根を分けてでも探してやると言う勢いで解読をしているが、今のところ、これと言った手掛かりはつかめていなかった。


 手帳は、本当に日々の記録が書かれているだけで、時折トジの名前が出てきたりする。


「面白い生徒を見つけた。か」


 トジ・ウジーノという名前が書かれているのを見て、少しだけ嬉しくなる。


「ワシは先輩の中に残ってくれていたのか」


 ただのクラブの仲間ではなく、そうやって記録にも残っていることが嬉しく、同時に少し寂しくなる。


「ミラ先輩は、どうしているかのう」


 生きていれば、八十歳は超えているはずだ。


 八十と言えば、若返る前のトジのように、シワシワのおばあちゃんだろう。


 それでも会いたい。


 しかし―――。


「行方も知れぬ、生死も知らぬでは、探しようがない」


 あの時、学園を去る時に少しでも聞いておくんだった。


 当時はそれでいいと思っていた。それが正しく、その道を行くことで救われると。

だが、今振り返れば、あれは自棄になっていた。


 そう自覚できたのは、ミントに出会ってからである。


「この歳になっても、後悔だけは増えてゆく」


 いやだいやだと首を振って、手帳の解読に戻るが、結局大したことは書かれていなかった。


 寮の個室へ戻ると、ミントが椅子に座ってぐったりしていた。


「あー。トジ、助けてくれ」


「どうしたのじゃ」


「カルノ先生の宿題がやっつけらんねーの」


「ふむ、どんな宿題じゃったかの」


「おいおい、覚えてねーのか? これだよこれ。時を戻す魔法は可能かどうかレポートにまとめろって」


「なに?」


「だよなー。時を戻すなんて魔法無理に決まってんのに。カルノ先生も意地悪だぜ」


「う、うむ。そうじゃな」


 ミントに話を合わせながら、トジはカルノ先生の宿題を引っ張り出した。


 時を戻す魔法。


 それはおそらく、トジしか使えぬ唯一の魔法。


 先日、甲冑同士を戦わせた後、壊れた甲冑を直すのに使った魔法だ。


「軽率だったかのう」


 現代魔法や他の魔法で戻すよりも簡単で、身体に馴染んでいるので意図せず使ってしまった。


 特に隠していた訳ではないが、見つかって騒ぎになるのはさけたい。


 しかし、甲冑を直しただけで、時を戻す魔法と見破るとは、流石に最高の魔術師と言われるだけある。


 さて、この宿題をどうするか。


 いつものように、忘れたと無視しても良いが、これは明らかにトジに向けて出された宿題だ。


 カルノ・スーリストがどうゆう考えを持っているか分からないが、悪人では無いだろう。


 だからと言って、馬鹿正直に時戻しの魔法の原理を書けば、どのように利用されるか分からない。


 魔法学園の教師、魔法を少しでも極めようとする人間は時折、自分でも何をしているか分からない行動をする。


 カルノ・スーリストが魔の魅力に取りつかれたとしても、おかしくはない。


 悩んでいるトジを、ミントも分かる分かると言った風に頷くミント。


「やっぱトジでも分かんねーよな」


「うむ。そうじゃな。ところで、クラブの方はどうなのじゃ」


 結論を後回しにして、話を変える。


 この頃は、ミントの入部テストの話も落ち着きを見せていた。


「うーん。まあまあかな」


「まあまあとな」


「本当は誰にも活動内容は言っちゃダメだけど、トジは特別だ」


 ミントは少し声を抑えて言う。


「なんか、いつも話し合いばっかしてるんだ。新魔力会のメンバーの中にもランクがあって、オレは上の方にいるんだけど、丸いテーブルに座って、神人がどうとか、時期はどうとか」


「ふむ」


「おまけに、皆オレの方ちらちら見てくるから、話合わせるの大変でさ」


 やれやれと肩をすくめるミントだが、言葉とは裏腹に優越感のようなものが漂っていた。


「まあ、それもオレが成績低いのに入部出来たってことで注目されてんだよね。一番偉いメンバーとかその周りの人達は、オレのこと評価してくれてるからいいんだけど。他のメンバーがあんまりよく思ってないみたいでさー」


「なるほどの」


「それでさ―――」


 ミントは宿題のことなど、すっかり頭から飛んでしまったようで、今では声も張り、トジの方を向いて身振り手振りを交えながら、永遠と話し続けている。


「う、うむ。そうなのか」


 相槌を打ちながら、話題の選択を間違えたと後悔するトジであった。

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