第14話 ミントの失敗
談話室へ戻ると、何やら不思議な空気が漂っていた。
成績順に分けられた寮の談話室には、他学年の生徒も男女隔てなく沢山いる。
そんな彼らも何やら不思議な空気でソファーを見ている。
「どうしたのじゃ」
談話室の暖炉前にあるソファー。
それは一人用であり、普段なら上級生専用であるはずだった。
ミントが散々、あのソファーに座ってみたいと言っていたのを覚えている。
そのミントが、ソファーに座っているではないか。
しかし、どうも嬉しそうじゃない。
勝手に座っているという罪悪感や怒られるかもしれないという恐怖とも違う。
なにやら、顔面蒼白で、魂が抜けたような顔をしている。
事情を知っている同級生たちが、ミントを囲って肩に手を置いたり励ましたりしている。
「何があったのじゃ」
トジの問いに、ミントは僅かに顔を動かし、それから、何も言わずに暖炉を眺める。
同級生の一人。
ラン・ルートが言う。
「ミントはやったの」
ちなみに、ルートという姓は、トジが学生だった頃の同級生と同じ姓であり、その特徴的な眉はしっかり受け継がれていた。
「やったとは? なにを」
別の同級生が言う。
「マジカルクッキングで、皆の前で、デートに誘ったのさ」
「それも大声で、隣の教室まで聞こえるほどにね」
思わず、ミントを二度見してしまった。
ミントは相変わらず暖炉を眺めている。
「それで、どうなったのじゃ。やはり、断られたのか」
ミントは僅かに顔をこちらに向け、頷くような首を振るようなしぐさをした。
「どうゆうことじゃ。まさか、成功したのか」
暖炉をボーっと眺め、動く気配を見せない。
口を動かさないミントに痺れを切らしたのか、同級生が言う。
「それよりも酷い」
「酷いとは?」
「ミントの奴。デートに誘ったはいいけど、恥ずかしくなったのか逃げそうになったんだ。だから、近くにいた俺達で抑えた。いや、悪気があったわけじゃないし、その、少しいたずらの気持ちもあったけど……でも、応援したのはホントだぜ」
まあ、トジもその場にいたのならミントを引き留めていただろう。
「それで、何があったのじゃ」
同級生は、あまりのことに伏せた目で頭を振るので、続きはランが引き取った。
「笑われたの」
「笑われた?」
「うん。恥ずかしがるんじゃなくて、馬鹿にするみたいに。それでこう言ったの。魔力の低い人はお断り。そもそも、ウカヲ寮にいて恥ずかしくないの? いつも馬鹿みたいに遊んでばっか。少しは勉強したら? あ、私に頼んでも無理よ。あなたとはレベルが違うから。って」
数倍は憎ったらしくしたのだろう。
その場にいた同級生や、見知らぬ他学年の生徒が男女問わず、励ますようにミントの肩を叩いていく。
トジも思わず絶句してしまった。
「な、なんという……」
ミントはトジを見て、乾いた笑いを浮かべる。
「トジ、オレって馬鹿だな」
「そんなことはない。ただ、相手を間違えただけじゃ」
「……」
「よいか。失敗や間違えは次へ進む橋じゃ。橋があるから谷に落ちずに進めるのじゃ。お主は今、新しい橋を手に入れたのじゃ」
「……でも、オレ、今、歩く気分じゃない」
「それでもよい。その内、勝手に足が動いておる。前でも後ろでも、とにかく今は、寝ることじゃ」
ミントを背負うようにして、トジは談話室を出ていく。
その姿を励ますような視線が、ミントには逆に痛く思えるだろう。
なるべく早く寮の個室へと向かい、何とかベッドへと下ろした。
「ミント。茶を飲むのじゃ」
「いや……」
「飲むのじゃ」
グイッと押し付けるように、入れたての熱いお茶を飲ませる。
喉が動くにつれ、少しだけ顔色が良くなったようだ。
「よいか。今日はもう寝るのじゃ。頭を空っぽにして、横になるのじゃ」
「ああ」
人形のようにカクカクと動きながら、何とか横になったミント。
その姿に、トジは心を痛める。
ワシのせいかのう。
ワシが止めておれば、こんな事には……。
せっかく、ミントが行動を起こしたのだ。それを応援したくて止めることはしなかった。しかし、少し方向が違うことにも気付いていたのだ。
じゃが、行動することは良いことじゃ。例え、失敗して心を折られたとしても。
そう思ってはいるが、今のミントの姿を見ると、そうとはハッキリ言えない。
「……同じ過ちをしてほしくないだけなのじゃ」
何もせず、後悔だけをする日々を、ミントに送ってほしくない。
研究に費やした学園生活。復讐に費やした六十年。
無駄とは言わない。しかし、もっとやりようがあったのではないか。
そう思わない日はない。
「……ミント」
今は辛くとも、時が経てば笑い話くらいにはなるだろう。
だから、今日のことを忘れるくらい楽しいことをしよう。
どうやってミントを楽しませるかを考えながら、トジも眠りにつくのだった。
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