第13話 謎の手帳


 さて、今日の授業が全て終わるとクラブの時間である。


「トジ、オレは絶対やってやるぞ」


 朝から何度も聞かされたセリフだ。


 カルノ先生の授業を終えた後から、ミントは余計に言うようになっていた。


「ミント。すまぬが、やることがあるのじゃ」


「えー。なんだよ。来てくれないのか」


「すまぬ。応援はしておるから」


「……しょうがねぇな。オレに彼女が出来たからって、恨むなよ」


「うむ。そうなれば祝福しよう」


「よっしゃ。やってやるぜ!」


 気合を入れながら、マジカルクッキングへ向かうミントを見送ってから、トジは図書室へと向かった。


 図書室であれば、本を熱心に見ていても誰も不思議に思わないし、邪魔もされない。


 禁書棚の厳重にしまった扉の横を通って、あまり人の来ない奥へと座る。


 手帳を取り出して表と裏を見るが何も書いていない。


「じゃが、先輩の手帳じゃ」


 開く。


 やはり、白紙であり、何も書かれていないただの手帳のように見える。


『ナィ・セ・ンスニソハルネモ・セルソ・ンクウオエ・ラワムリ』


 小さく唱えると、うっすらと文字が浮かび上がってくる。


 最初に現れたのは、ページの端に書かれた数字の一。


 それから、徐々に文字が浮かび上がってきた。


 しかし―――。


「読めぬ」


 文字ではあるが、それは意味をなさない言葉の羅列だ。


 古代語で書かれている可能性も考えて見たが、どうも違う。


 次のページも同じだ。


 確かに文字は現れたが、読めなければ意味がない。


「暗号かのう」


 だとしたら、読むヒントはあるのだろうか。


 とりあえず、本棚から難しそうな本を何冊か持って来て近くに置いて置く。


 それから、本の陰に隠すように手帳を開いて頭を悩ます。


 最初の一文はこうだ。


 ヲホキメワヨキツアフヨオヤハタハホ


 普通に読んでも意味が分からない。


 これを古代語で読むとこうなる。


 いちりすうけりへんてけれさなまなち


 ますます意味が分からない。


 古代語と現代の言葉が混ざっているのだろうか。だとしたら解読のしようがない。


 本人にしか分からない秘密の言葉の線もある。


 そうだったら、ますます読むことは出来ない。


 頭を抱えながら考えるが、時間だけが過ぎていく。


 外は春らしい暖かな日差しが差しており、窓からほんのりと木漏れ日のような光が照らしている。


 思わず、ポーッと。何をするでもなく暖かな光を眺めていた。





「ねえ、何してるの」


「……ミラ先輩。ぼーっとしてただけですよ」


「ふーん。トジでもそんな風に呆けるんだ」


「どうゆう意味です?」


「トジっていつも忙しなく動いて、焦ってるみたいに何かしてるから」


「……そんなつもりなかったんですけどね」


「ま、自分じゃ分からないことってたくさんあるよ」


「ミラ先輩もですか」


「ええ。そうかもね。でも、そうゆう時は、隅々まで見るの」


「自分をですか?」


「そうよ。そうすれば、自分でさえ知らなかったような秘密が少しずつ浮き彫りになってくるの」


「へー。例えば?」


「そうねー。例えば、私って本当に―――って、危ない危ない。トジの口車に乗せられるとこだった」


「もうちょっとだったのに」


「トジってば、どこでそんな悪知恵覚えてくるのよ」


「今喋ってる人です」


「え? 私? やだなー。って本気?」


「はい」


「全く。まあいいわ。とにかく、秘密って言うのは隅々まで見れば、自然と見えてくるものよ。人でも物でもね」






 夢から覚めるように、トジは手帳を眺めていた。


 手帳の文字ではなく、隅や余白。


 すると、あることに気が付いた。


「ページ数ではない」


 隅に書かれていた数字は、最初は一、二、三と順に重ねていたが、途中から飛んだり、戻ったりしている。


 そして、数字の隣には小さく矢印がある。


「最初は、一の横に、上の矢印……」


 一つ、思い当たることがあった。


 古代語をずらす。


 ミラ先輩がたまにやった遊びだ。


 ただでさえ面倒くさい古代語の会話を、さらに面倒くさくする遊びで、当時のトジはうんざりしながら付き合っていた。


 なぜなら、普通の言葉で話しかけても、うんともすんとも言わないのだ。


 だから、仕方なく付き合ったのだ。


 指を一本立てて上を指している時は、上に一つずらし、二本なら、上に二つずらす。


 逆に下を指せば、下にずらすのだ。


 一度、両手を広げて下を指すのだから、お化けの物まねでもしているのかと思った。


 その時のことを思い出して、ふふっと笑みがこぼれる。


 お化けのマネと言われて、ミラ先輩も笑っていた。


 あれ以降、古代語で話すというのは減っていった気がする。


 ミラ先輩は流行り廃りのスピードが速い。


 ただ飽きただけだろうが。


「もしかして、恥ずかしかったのじゃろうか」


 本人に聞いてみたいところであるが、どこで何をしているか。生きているかも知らない。


 それに、何となく会いたくない気もする。


「今のワシを見れば、失望するじゃろうか」


 あの輝かしい人の記憶には、あの時のまだ情熱と才能を信じた自分でいて欲しいのだ。


「……歳をとっても、ワシは臆病じゃのう」


 臆病と認められるのは、歳を取ったせいかもしれない。


 首を左右に振り、思い出に浸るのを辞める。


「今を生きねばな」


 とりあえずは、手帳の解読である。


 先ほどの一文。


ヲホキメワヨキツアフヨオヤハタハホ。


 ページの端に書かれた、一と上の矢印。


 古代語で一つ上にずらすとこうなる。


ンマクモヲラクテイヘラカユヒノモマ。


 こうなると、読める。


「新しくクラブを作ることにした。か」


 ミラ先輩らしい。面倒くさく、愉快な日記の書き方だ。


「しかし、読むのには随分と時間がかかりそうじゃ」


 読む方法が分かっても、一々古代語から何文字ずらして、と考えなければならない。


「まあ。方法が分かっただけでも上出来じゃな」


 少しずつ読んでいけば、その内、ルソ・クラブがああなった理由も見えてくるだろう。


 今日のところはこのくらいにして、談話室へ戻ることにした。


 というのも、数ページ読むだけで木漏れ日は、夕日に変わり、それすら落ちていこうとするからだ。


 内容も、新しいクラブに必要な物や許可を取る先生の名前など、本当にただの日記のようだった。


「まあ、読み進めるしかないのう」


 地道でも一歩ずつ。


 それが前に進む秘訣だ。


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