第12話 授業
ミントは朝から少しだけ緊張していた。
昨日の夜は若干深夜テンションが混じっていたようで、マジカルクッキングの美人とお喋りすると宣言したのはいいが、接点もないし、トジに今更やめるとも言いずらかった。
トジにとってはどうでもいいことだが、ミントはそうは思っていなかった。
なんだかんだ言って、トジはそつなくこなすことが多い。
確かに、ミントと遊びよく怒られているが、ミントにはないものをトジは持っている。
それなのに、恋愛でも先を行かれるのはちょっと癪だった。
「トジ、見てろよ。オレはやってやるぜ」
「う、うむ。検討を祈っておる」
その熱意に若干押され気味のトジ。
大食堂で食事をしてはいるが、トジの方も心ここにあらずと言った感じだった。
それは、手帳である。
昨日の夜に見つけた、ルソ・クラブにあった隠された手帳。
あれは、ミラ先輩が使っていた手帳だ。
ルソ・クラブがあんな風になっていた謎もおそらくはそれに書いてあるのだろう。
そう思って、朝にパラパラとめくってみたが何も書かれていなかった。
いや、何も書かれてないように偽装されていた。
おそらく魔法で白紙になっているのだ。
「本当に、何があったのじゃ」
授業にも身が入らなかった。
カツラ先生の歴史学はいいとして、カルノ先生の魔法学の時もそうだった。
カルノ先生が宿題を回収している時に、ミントが絶望の顔でこちらを見て来てもあまり気にならず、頭は手帳の事だけだった。
「さて、私の宿題を提出していない者が二人いるようだが、言わなくとも分かるね」
カルノ先生の言葉にビクリと震えて立ち上がるミントだが、トジは上の空で座ったままだった。
「トジ・ウジーノ。立ちなさい」
そう言われて初めて、夢から覚めたように立ち上がる。
「うむ。なんじゃ」
「君は宿題をする必要がないと考えているようだね。では、ここで古代魔法と現代魔法の違いと各利点を簡単に述べるがいい。そうすれば、罰則はなくそう」
今まで宿題を忘れても、カルノ先生から罰則の言葉は出てこなかった。しかし、流石に堪忍袋の緒が切れたらしい。
トジのまったく反省の無い様子も相まってか、今回ばかりは本気で怒っているようだ。
あわあわとするミントをよそに、トジは当たり前のように答える。
「古代魔法は、いわば決まった文句を言う必要があり、必ず杖や媒介を通さぬと発動せぬ。しかし、現代魔法は古代語を使えば魔力を持つ者なら大なり小なり魔法は発動する。勿論杖や媒介があったほうが強力じゃ。
それぞれの利点としては、古代魔法は現代魔法に比べて強力であり、発動すれば術者本人以外で解除するのは難しい。なぜなら、魔法の手順、魔力量、術者の練度がものを言うからじゃ。対して、現代魔法は、発動された魔法を打ち消すのはたやすい。しかし、その手軽さゆえ万人が扱え、様々な用途で使用できる。古代魔法でものを動かすとなれば、長い呪文を唱えなければならないが、現代魔法ならば、『ワユヨ』これだけでよい」
ふむ。と頷いたのはカルノ先生だった。
「では、現代において古代魔法は必要ないと?」
「いいや。用途が違うだけじゃ。何かを隠したり、攻撃や防御をする場合。古代魔法の方が優れておる」
「それは何故かね」
「先ほども言った通り、古代魔法は術者の力がそのまま反映される。強力な魔法使いの使う古代魔法ほど厄介なものは無い」
昨夜、トジは影の騎士に時を止める古代魔法を使った。
しかし、解除した覚えがないのに、騎士は動き出した。
それは騎士に魔法をかけたミラ先輩がどれだけ強大な魔法使いだったのかを示している。魔法をかけたのは何十年も前だというのに、恐ろしい人だ。
羨望と嫉妬が僅かに心に産まれ、その想いすら懐かしいと僅かに自嘲的にほほ笑む。
カルノ先生は続ける。
「しかし、古代魔法には制限があるだろう。それはどうする」
「属性と精霊のことを言っておるのじゃな。それならば、問題ない。属性を組み合わせればよいのだから」
そもそも、古代魔法とは、属性とその属性の精霊の力を借りて放つ魔法だ。
トジとミラが研究していた精霊の姿を具現化するというのは、いわば神の姿を見ることと同じ。しかし、それ以下でも以上でもない。
ただ、その姿を見たかっただけだ。
だが、当時は其れを不届きだと、野蛮な行為だと、精霊に姿などないなどと、どちらが過激か分からないことを言われたり、妨害されたりした。
それでも研究を続けた結果、トジは学園をやめることになった。
現在では、古代魔法の重要性が薄れ、精霊に対する考え方も変わった。
もしも今、トジとミラが同じ研究をしていたら、歓迎されていたかもしれない。勿論、大ぴらに出来ないのは同じだろう。
しかし、当時ほど当たりは強くないはずだ。
「早すぎたのじゃな」
「どうかしたのか」
「独り言じゃ」
「そうか。では、最後の質問だ。トジ・ウジーノ。君の古代魔法を見せてくれ」
「なぜじゃ」
「カラツ先生から聞いたよ。君は古代魔法に優れているらしい。その力を一度見たくてね」
「……ま、良いじゃろう」
トジとて罰則を受けるのは嫌だった。
だが、どんな魔法にしようか。
大きな教室には、何の必要があるのか甲冑がいくつか飾られている。
ふと、ミラ先輩に挑戦したくなってみた。
トジは甲冑の元へ行くと、大杖を構えて唱える。
『ナィ・ヒリ・ンスニソハルネモ・ヒリルソ・モマルロ・ラワムリ』
そして、もう一体の甲冑へ同じ魔法を唱える。
これで、二体の甲冑はトジの言う通りに動くだろう。
『ママルロ』
その言葉で、二体の甲冑は戦い始めた。
いきなり始まった争いに、教室は騒然となる。
「落ち着くがよい。我らには手を出さぬようにしておる」
その言葉通り、二体の甲冑の攻撃はこちらには届かないようになっている。
だが、その剣戟の響きや甲冑に打ち据えられた鋼の振動が直に伝わってきて、誰もが思わず一歩身を引いていた。
決着はついた。
同時に放たれた攻撃が、同時に直撃し、互いに粉砕されたのだ。
「まだまだ、甘いの」
昨夜の騎士はこんなものではなかった。
やはり、ミラ・ジャスミンは天才だと改めて実感しながら、トジは砕け散った甲冑へ唱える。
『ウィ・ヒリ・ウルヒモ・ヒリルソ・シビオ・ラワムリ』
粉々に散らばった甲冑がひとりでに集まり、だんだんと姿を取り戻していく。
そして、ほとんど新品同様の綺麗さとなって元通りになった。
呆気にとられていたのはミントだけではなかった。教室にいる誰もが、この国随一の魔法使いであるカルノ・スーリストでさえも、驚きに動きが止まっていた。
「どうしたのじゃ。時を止めてはおらぬぞ」
その言葉で何とか正気を取り戻した教室。
それからの授業は誰も身が入らず、トジとミントが宿題をやってこなかったことすら忘れられていた。
甲冑の激しい戦いに言葉を失った者もいるだろう。
しかし、分かる者には分かっていた。
時を止めることは出来ても、時を戻せる魔法使いはいない。
トジが直した甲冑は明らかに、授業開始時よりも輝いており、新品のようであった。
そして、甲冑が元の形を取り戻す際中に見せた光景。
ただ金属が集まっていただけではない。
一度甲冑の姿になってから、戦いで出来た傷や元からあった軋みが、ドンドンと消えていくのだ。それも、戦いで負った傷から順に、古い傷へと戻っていく。
そして、最終的に、甲冑は出来た当初の時間へと戻ったのだ。
教室の中で何人が気づいただろうか。
おそらくは一人。
カルノ・スーリストは、確実にそのことに気付いていた。
ただ、偶然ということもあると考えているだろう。
トジ自身は特に考えも無しに直したのだ。
余りに普通な様子に、時を戻すという大魔法を放ったようには見えない。
そのまま授業が終わり、トジは何事もなかったかのように教室を出ていった。
カルノ・スーリストの視線を一身に受けながら。
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