第11話 ミラ・ジャスミン



 当時のトジは、研究以外はほとんど目に入らなかった。


 授業も出ていたし、宿題も提出はしていた。


 しかし、授業中は夜遅くまで研究していた疲れを癒すために、よく寝ていた。


 質問されても「分かりません」と言って授業をよそに自分の研究を優先した。


 けれど、授業が終われば図書室や談話室で暗くなるまで勉強し、同級生と意見を交わすこともあった。


 そのおかげか、授業を受け持っていない先生からの評判は悪くなかったし、同級生からも研究熱心な奴という評価を受けていた。


 校則を破ったことはほとんどなく、たまにクラブの友人に連れられ、おかしなことをさせられているくらい。


 いたって普通の、真面目な生徒だった。


 けれど、その日。


 いつものように、友人の遊びの誘いを断り図書室で勉強していると、一人の女子が声をかけて来た。


「ねえ、私のクラブに入らない」


 突然そう言われて、めんどくさい勧誘だと思った。


 当然、断ろうと顔を上げると、そこにいたのは彼女だった。


「ミラ・ジャスミン」


「あら、私のこと知ってるの? もしかしてファン?」


 キラッとポーズをとり、満月のような黄金色の髪が舞う。


 彼女は、リーライン魔法学院でも超がつくほど有名だった。


 才色兼備なだけでなく、その言動は時に常軌を逸しており、しかしそれは天才ゆえと認識されていた。


 先生に食って掛かることも少なくないため、若干距離を置かれ、それでも見捨てられないのは、彼女が天才であるからだ。


「名前を知ってるだけです。それと、俺はもうクラブに入ってるんで」


 いくら彼女が天才だろうと、勧誘は断るつもりだった。


 今入っているクラブには友人もいるし、居心地だって悪くない。


「そのクラブ、面白い?」


 けれど、全てを見通すような瞳で言われて、気づいた。


 ここはぬるま湯だと。


 自分のやっている研究と今のクラブは結び付かない。


 なのに入っているのは、友人がいて、居心地が良いから。


「君のレポート読んだわ。すっごい面白かった。でも、絶対にあいつらは手伝わないわ。だから、私が手伝ってあげる」


 教師をあいつら呼ばわりするような人と、合うとは思えなかった。


 けれど、ミラ言ったことも事実だった。


「確かに。精霊を見て見たいと言ったら怒られました。俺一人でやれるかも分かりません。でも、何で先輩が手伝おうとするんですか」


 トジの問いに、ミラは笑って答えた。


「面白そうじゃない」


 思えば、あの笑顔につられたのだろう。


 出来たばかりのクラブで、人数が二人となれば、まともな場所も提供されない。だから、空いている教室を勝手に使ったり、適当な場所で実験を繰り返して、よく先生たちに怒られた。


 馬鹿にしてくる生徒や先生に仕返しをするというミラを、トジはなだめたり、急に研究とは関係ない実験をやったり、普段の会話を古代語でこなし、それだけじゃなく一文字ずらしたりして、こんなことをする為にこのクラブに入ったんじゃないと思いながらも、トジはミラと共に研究を続けていた。


 トジは自分でも優秀な方だという自負があった。


 しかし、彼女の宝石のような才能の前では、ただの石ころに過ぎないと知ったのだ。


 彼女がいることで、他のどのクラブ、どの先生と協力するよりも研究は進み、そして―――。





「楽しかったのじゃな」


 朝日が昇り、窓から丁度よく顔を照らしてくる。


 思わず、もうない髭を撫でつけようとして、微笑む。


「あの時は、気付かなかったのう」


 寝不足か、それもと懐かしい夢を見たからか。


 僅かに赤みを帯びた瞳を隠すようにトジは顔を洗うのだった。

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