第6話 幽霊リージョ


「ほう、思ったよりもいろんなクラブがあるのお」


 十人が両手を広げても、まだスペースがある廊下。その奥にあるちょっとしたパーティーなら出来そうな空間に、部員募集の紙がずらっと並んでいる。


「だよなー。どれ入るか悩むぜ。やっぱ、憧れるのは新魔力会かなー」


 ミントは見上げすぎて、ひっくり返りそうになっている。


 それほど上まであるので、天井近くの紙など見えるはずもない。


 だが心配無用。見たい紙があれば、杖を動かすと天井付近の募集要項が一枚どこからかやってくる仕組みなのだ。


「えーなになに。あなたもポーションの可能性を探りませんか。ポンポーションいつでも歓迎! だって」


 ミントが渡してきた眺めていると、カルノ先生が人混みをかき分けるようにやってきた。


「通して。ああ、ありがとう。すみません、聞いてください。ポンポーションクラブは謹慎期間中ですので入部は出来ません。張り紙は撤去します」


 カルノ先生が杖を一振りすると、張り紙が一気に集まっていく。


「ほら、それを渡しなさい。……あなた達ですか」


 ぴくぴくと動きたそうなチラシをトジが持っているのを見て、カルノ先生は長い茶髪を左右に揺らして溜息をつく。


「聞かれる前に言っておきますが、ポンポーションクラブはポーションの過剰摂取により謹慎することになりました。さあ、それを渡して、もっと真面目なクラブに入りなさい」


 ふっとトジの手から飛び出したチラシは、カルノ先生の手の中に納まり、また人混みをかき分けるように去っていった。


「なあ、トジ。ポーションの過剰摂取ってやばいのか?」


「うむ。初めてポーションを飲んだ時、夢の中にいるようなふわふわした感覚があったじゃろ」


「あーそうかも」


「それは傷を治すための力が身体全体に回ったからじゃ。一日に小瓶三個ぐらいならば平気じゃが、それ以上摂取すると気分が高揚し、何でもできる気分になるらしい。冒険者は其れを利用して強敵に挑むこともあると聞いたことがあるの」


「へ、へー。小瓶三個か」


「……ミント。お主―――」


「い、いや。違う。や、その、この前の小テストでいい点欲しくて、その―――」


「小瓶いくつ飲んだのじゃ」


「……」


 ミントはおずおずと、パーをつくる。


 パーということは手を広げるということ。そこにある指の数は五つである。


「それで、テストはどうじゃった」


「ダメダメ。全然ダメ。トジの言う通りフワフワして訳分かんなくなった」


「じゃろうな。ポーションで集中力が増すというのは迷信じゃ」

 やれやれと溜息をついたトジ。


「迷信じゃナイよ」


 スッと。背筋をなぞるような透き通って、透き通りすぎて幽霊のような声が、トジの背後から聞こえた。


 驚いてみると、そこには一人の女子生徒がいた。


 青白い肌に色素の抜けた長い髪。


 手に持った昔ながらの大杖に、その視線はトジとミントではなく、その向こうのどこか遠く、ないものを見るように、どこか焦点が合っていない。


「ポーションには集中力が増す力があるヨ。ただ、小瓶全部じゃなくて、三分の一だけを布に吸わせて、噛んでればいいノ。そうすれば、スーって頭がスッキリするヨ」


 フフッと肩をすくめるように笑う少女。


 ミントがトジの肩を叩く。


「リージョだ。幽霊リージョ。ほら、前話しただろ。学園でも一番の不思議ちゃんだって」


「不思議ちゃん? それってどこに居るノ?」


 小声で囁くような声量だったにも関わらず、彼女が反応したことにミントはビクッとして、不気味なものを見るように顔をしかめる。


「トジ、あんま関わんないほうがいいぞ。幽霊リージョと一緒にいた生徒は、必ずゴーストを見るって噂だ」


「噂じゃナイよ」


 またしても、本当に小声で喋っているのに、どうやって聞いているのか。


 幽霊リージョは自信満々に言う。


「私、少なくても五回はゴースト見た。入学式の時と、三階の没落騎士の絵がある所でしょ。それから―――」


 リージョの言葉が終わらぬうちに、ミントが裾を引っ張る。


「トジ、行こうぜ。関わったらこっちまで不思議に巻き込まれるぞ」

 ミントの言葉にリージョは、嬉しそうに頷いた。


「―――そうそう。私、クラブ作ったノ。ほら」


 半ば押し付けられるように渡された紙には手書きで、不思議研究会部員募集中の文字。周りには可愛らしい幽霊やお化けのようなものが沢山描かれている。


「不思議研究会とな」


「うん。この学園って不思議が沢山あるでショ。夜だけに開く扉とか、満月の夜だけに通れる秘密の通路。誰もいないのに魔法だけが発生する広場。他にも―――」


「全部噂だ。迷信だ。そんな学園の七不思議みたいなの誰も信じてねーよ。ほら、トジ行こうぜ」


「噂じゃないよ。六十年前に秘密の祭礼があったモン」


 やれやれと肩をすくめるミントだが、トジは少しだけ興味を持っていた。それを見透かしたのか、リージョはフフッと肩をすくめるように微笑んだ。


「まずは体験入部はどうかナ。今日の夜一時に叫び欅で待ってるネ」


 そういうと、左右に揺れるようにスキップしながらリージョは人ごみに紛れていった。


「……おいおい、トジ。まさか行くなんて言わないよな」


「どうかの」


「俺は行かねーぞ。今日は宿題が残ってんだ。厄介なカルノ先生のな。トジもだろ」


「のう、ミント」


「なんだよ」


「宿題なぞ、提出しなくとも生きてゆけるぞ」


 困ったもんだと、ミントは溜息をつくのだった。



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