第25話 後悔の先に


「一つ。疑問なのじゃが」


 もう一週間は医務室のベッドで過ごして、そろそろ不満が溜まって来たトジ。


 それでも、医務室にいるのは、そこから出れば先生の、主にカルノ先生からの質問を避けるためである。


「なァに?」


「カツラ先生は何者じゃ?」


 カツラ先生は、明らかに秘宝のことを知っており、魔封じの懐中時計を見つけたのは、カラツ先生の言葉があったからだ。


 それにトジのことも何やら知っているようだった。


「トジ君。カツラではなく、カラツだ」


 そう言って入ってきたのは一人の老人である。


 カラツ先生ではない。


 しかし、しかし、どこか見覚えのある顔だ。


「……ウィング? ウィングか」


「久しぶりだな。トジ」


 それはトジが若い頃、散々遊びに誘ってきた悪友である。


「ウィング。まさか……」


「そうだ。忘れたか? 私の得意魔法は、変身術と逆行魔法だ」


 カラツ先生あらため、ウィングは、面白いったらありゃしないと笑う。


「なぜ、姿を変えておった。素直に言ってくれれば良いものを」


「それではつまらないだろ。入試の時の私の驚きようったらない。あのトジが、わが友トジが若い姿でいるんだ。だから、ちょっとしたイースターエッグを隠したのさ」


「自分自身にという訳か。で、なぜ、お主がこの懐中時計のありかを知っておったのだ」


 水晶の文字盤が輝く懐中時計を見せる。


 ウィングはすまないと謝った。


「これはミラ・ジャスミンの願いだった」


「ミラ先輩の?」


「六十年前。お前が学園から去り、祭礼の儀が開かれた。その時、まだ自分を失っていなかったミラ・ジャスミンが、お前の友人である私に託したのだ。その時に、ヒントになるようなものを全て地下の叫び欅の下に隠した」


「ならば、素直に話せば良いものを」


「私が見つけるべきではないと思った。トジ、お前が見つけるべきだと。まさか、こんなことになるとは思ってもいなかった」


「まあ、お主は昔から厄介ばかり起こすからの」


「今のお前に言われたくない。お前と、ミント君の悪童コンビには手を焼いているぞ」


「ほっほっほ。ならば、これからも手こずらせようかの」


「全く。まあ、私は楽しみにしているよ。それと、その懐中時計。使わない方がいいぞ。もう一度使って、老人の姿から戻れなくなったら大変だからな」


「聞かぬのか」


「私は今の人生に満足している。未練も後悔も、私は噛みしめて生きたいのだ」


「そうか。強いのじゃな」


「本当は、もう一度テストなんか受けたくないだけだがな」

 ウィングはそう言って笑いながら病室を出ていった。


「……リージョよ」


「なァに?」


「ワシは本当は老人なのじゃ」


「ウン」


「だから、その、無理にワシに付き添う必要はない」


 本当は寂しい。


 けれど、リージョの為を想ったらそうするのが一番な気がするのだ。


 ぺちっと頬を挟まれた。


 挟まれてタコのような口になる。


「私、トジがお爺ちゃんでも、関係ないヨ」


 リージョの瞳はトジを見ていない。


 トジの外見を見ていない。


 その奥の、心の中を見ているような気がした。


 そして、リージョは大胆にも顔を近づける。


 トジは動けない。


 タコのような口と、リージョの唇が―――


「……トージー」


 サーッと隣のベッドのカーテンが開いた。


 これ幸いと、トジはリージョからミントに視線を逸らす。


「ミント。元気そうじゃな」


「あったりまだ。それより、聞かせてもらうぞ」


「何をじゃ。まさか、その年にして若返りを?」


「ちがーう!」


 そして、今まさにキスをしようとしているリージョを指さす。


「その状況だ。トジ、お前! 前に違う人とキスしてただろ! ダメだダメだ! そんな不純なことをしてはダメだー!」


「不純じゃないモン。本当は、私が先のはずだモン」


「なっ、なっ、なっ、と、トジー! 貴様、まさか、あの叫び欅行った時すでに、キスしてたのか! 裏切者!」


「違う。そうではない。リージョもそんな顔しておらずに、否定せぬか」


「トジは、私とは嫌なノ」


 急にしゅんとしだしたリージョに、トジは言葉を失う。


「い、いや。そうゆう訳では……」


 なら! と顔を輝かせたリージョに、ダメだダメだと騒ぐミント。


 そこに、トジに話を聞こうとしていたカルノ先生や他の生徒たちがやってきて、騒ぎに加わる。


 騒ぎを聞きつけた医務室の先生がやってきて、騒ぎを治めようとするがもうどうにもならない。


 もはや、トジもミントもリージョも、何となく騒いでいるだけだった。


「のう。ミント」


 みんなでお祭り状態の中、問う。


「なんだ」


「ワシの親友で居てくれるか」


 ふっとミントは顔をほころばせる。


「オレより先に、キスしたから嫌だ」


「なんじゃ。やっぱり羨ましかったのか」


「当り前だろ」


「ふふ」


「ははははは。トジ、お前はやっぱりソウルメイトだ」


 トジとミントは笑いあう。


 そんなところに、カルノ先生の声が響く。


「なに? トジ君にキスすれば教えてくれるのですか!」


 魔法に取りつかれた狂った研究者ほど恐ろしい者はない。


 トジにキスしようと必死になるカルノ先生と、それを阻止しならがあわよくば唇を狙うリージョ。


 その様子を囃し立てる観衆。


 ミントは勿論、トジとカルノ先生キスさせようと援護してくる。


 ……まったく。


 まったく。


 トジは果てしない後悔をした。全てを呪った。


 それでも、歩みを止めなかった。


 復讐という暗い暗い目的。


 だが、それでも前に進んではいた。


 それが例え復讐であろうと、進んだ先には何があるか分からない。


 親友が出来たが、再び後悔を抱えた。


 それがいいことなのか分からない。


 けれども、たった一つ言えることがある。



「学園、楽しすぎるんじゃが」



 トジ・ウジーノは、すっかり学生ライフを満喫しているのだった。


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復讐を誓った老人が若返り魔法で学園に戻ったが、案外楽しくて困る 虚空 @takeshun00

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