第20話 友人を救うため
翌朝。トジはカルノ先生の元へ向かっていた。
昨日の夜、ミントの口が塞がる前、こう言っていた。
神人っての力を借りることで、オレの力をもっと凄く出来るとか。その神人を召喚する儀式みたいなのが必要で―――。
神人。今思い出したが、前にもミントが話していたことがあった。
そして、トジはミント以外からその文字を見つけている。
「ミラ先輩の手帳」
神人と呼ばれた。彼女は私のことを神人として崇めるらしい
神人。彼女がそう言うなら、それもいいかもしれない。もしかしたら、利用できそうだ。
それに、リージョのおばあさんからの手紙。
新魔力会という言葉。
これらから考えれば、新魔力会は何かを知っている。
だが、新魔力会のメンバーに直接聞いても意味がないだろう。
ミントでさえ口を閉ざすのだ。見知らぬトジなどに話す人はいないだろう。
現役では。
トジはミントが散々自慢していた時に、カルノ先生も新魔力会だったと言っていたのを覚えている。
現役でダメなら、引退した者だ。
だが―――。
「この件について私から話すことはありません」
カルノ先生専用の部屋にまで押しかけたというのに、答えはあっさりとしたものだった。
「なぜじゃ」
「言ったでしょう。私も事態を把握しきれていません。犯人を知りたいのは私も同じです」
つっけんどんな態度で、その辺にあった本を広げて閉じる。
カルノ先生の部屋には山のような本が置いてあり、研究のための資料や書きかけのレポートなどが散乱していた。
トジがいくら見ても、カルノ先生は目線を合わせず、本をいじっている。
サラサラと魔法の砂時計の音だけが聞こえてくる。
トジは徐に呟いた。
「祭礼、秘宝」
カルノ先生の動きが僅かに止まる。
「先生が呟いた言葉じゃ。そしてワシはもう一つのキーワードを知っておる」
神人。
トジがそう言うと、カルノ先生は本を置いてこちらを見た。
茶色の髪が力なくたれ、その顔はどこか疲れているようでもあった。
「……トジ君。君は何をどこまで知っているんですか」
「ワシが知っておるのは、祭礼の儀を行う為に秘宝が必要なこと。そして、神人。この事件は、おそらく新魔力会が関わっておることじゃ」
「どうやら、隠すだけ無駄なようですね」
「何か知っておるのか」
「ご存知の通り、私は在学中の一時期、新魔力会に属していました。彼らの階級制度が合わずに抜けたのですが、そこで聞いた会話があります」
カルノ先生は窓の外を眺める。
昨日の雨雲がまだ残っているかのような曇天。
「神人とは、クラブの創設者にして、祭礼の儀を執り行った人物。そして、いつかまた神人が現れ、その時に祭礼は開かれるであろう」
「クラブの創設者。祭礼の儀を執り行った」
「知っていますか。立ち入り禁止の区画。あそこは、祭礼の儀で起こった爆発の影響で今も封印されているのです」
どっかりと、カルノ先生は椅子に崩れ落ちるように座った。
「おそらく、今回の事件は新魔力会が関与しているでしょう。彼らは秘宝を集め、祭礼の儀を開こうとしている。私は、教師として立ち入り禁止の区画に入ったことがありますが、あそこは今でも強い魔法の残滓があります。六十年間も残り続けるような魔法が、あの場で起こったのです。学園全体が破壊されなくて幸運なくらいです」
先ほどよりも疲れたような様子で、立ち上がりカルノ先生は言う。
「さあ、もうすぐ授業の時間だ」
部屋を出る直前、トジは言う。
「秘宝は奪われたようじゃ」
「なんですって」
「リージョは、神秘の聖杯を持っておったのじゃ」
「そんな、馬鹿な……いや、それならば、あと二つを新魔力会よりも早く集める必要があります」
「場所は分からぬのか」
「祭礼の儀が開かれたのは、私が入学するより前の事件。残念ですが……」
手掛かりはなしということだ。
もし、このまま新魔力会の好きにさせたら、リージョのように襲われたり、祭礼の儀で何が起こるか分からない。
それはダメだ。
リージョが磔になっている姿を思い出すだけで心臓が張り裂けそうになる。
決して、二の舞は裂けなければならない。
「……手帳じゃ」
カルノ先生は言った。
神人はクラブの創設者であり、祭礼の儀を執り行った人物。
ミラ先輩が、神人と呼ばれ、何かを企んでいることはすでに書いてあった。
「手帳がどうしたのですか」
「いや、何でもない」
「そうですか。さあ、そろそろ授業です。さぼらずに必ず出てください。事件を探るのは我々教師に任せ、トジ君は学生の本文を果たすべきです」
そう念を押されて、トジは半ば強制的に次の教室まで行くこととなった。
一刻も早く、手帳を調べたかったが教室に入ったものは仕方ない。
歴史学の授業をとうとうと聞いていると、一つ閃くことがあった。
リージョは言っていた。秘密の祭礼は六十年前に開かれたと。
明らかにカツラをしている先生は、黒板を向きながらいつもと同じような授業を続けている。
「で、あるからして。魔法と冒険者、世界の関りは―――」
「先生。秘密の祭礼について教えてください」
トジは物怖じせずにそう言った。
ピタリと、黒板を向きながらカラツ先生の動きが止まった。
咳ばらいを一つして、先生は言う。
「それは物語のお話かね」
「いえ、六十年前にここで起こった祭礼についてです。そのせいで、ある区画が立ち入り禁止だと聞いています」
しんと水を打ったような静けさが支配する。
生徒はトジが何を言っているのか分かっていないだろうが、祭礼というキーワードは今誰もが知っている。とある女子生徒が襲われ、その壁に書かれていた言葉。
祭礼は開かれる。秘宝を差し出せ。さもなくば―――。
誰もが興味津々と言った様子で、カラツ先生を見ていた。
コホンと咳ばらいを一つ。
「……トジならそこにたどり着くと思っていた」
小さくそう言った。
そして、カラツ先生は振り返る。
「いいでしょう。今日の授業は歴史ではなく、昔話にしよう」
トジが席に着くと、カラツ先生はカツラに手を当ててズレを直してから昔話をする。
「私には、親友がいた。いや、私が一方的に親友だと思っていただけかもしれない。彼はコワモコワ寮で、私はウカヲ寮だった」
カラツ先生は、昔を懐かしむように微笑む。
「リーライン魔法学院は秘密ばかり。それが私には楽しく、勉強どころじゃなかった。彼にもそれを味わってほしいとよく遊びに誘ったよ。ほとんど断られたがね」
それもいい思い出だと笑い、それから一転して暗い顔になった。
「ただ、彼は去っていった。そして、あの事件が起こった」
六十年前に起こった謎に満ちた爆発。
「当時、私は親友が去った理由を探していた。そこでたどり着いたのがあるクラブだった。新魔力会。今でもある優秀な人物が多いクラブだ」
カラツ先生は時折カツラを気にしながらよどみなく喋る。
「当時、出来たばかりの新魔力会には、神人と呼ばれ崇められる存在がいた。新魔力会は神人の為に動くだけのクラブであり、今のような優秀な生徒が集まるようなクラブではなかった」
トジはつい口を挟んでいた。
「神人というのは何者じゃ」
「トジ。それは君の方が知っているはずだ」
まるで、トジのことを見透かしているように、カラツ先生は言う。
「……ミラ・ジャスミン」
トジの呟きに、カラツ先生は頷く。
「彼女は天才だった。天才という言葉すらおこがましいほどに。彼女の目的は分からない。しかし、何が起こったのかを述べることが出来る」
一つ呼吸を置いて、告げる。
「ミラ・ジャスミン、神人は、精霊の力を手に入れようとした。そして、失敗した」
立ち入り禁止の区画はその時に起こった爆発で、使用不能となったらしい。
「彼女は、精霊を呼ぶために三つの品を使った。皆も知ってると思うが、あのお話と一緒だ。魔弾きのペンダント。神秘の聖杯。魔封じの懐中時計。全て彼女にゆかりのある品らしい。彼女が魔法をかけ、魔道具とし、祭礼の儀を開いた」
それが、秘密の祭礼と呼ばれた事件。
「物凄い爆発だった。世界がひっくり返るかと思うほどの衝撃が、満月の夜に響いた。誰もが起きだし、燃え盛る区画を見た。そこで私は―――」
カラツ先生は一度言葉を切り、一つ息を吐いた。
「私は、神を見たような気がした。それほど強大な何かが、そこにはいた。精霊というには余りにも恐ろしい何かが……」
コホンと、咳ばらいをして、いつもの調子で言う。
「皆が知っている闇の秘宝のお話は、私が在学中に起こった事件を元にしている」
結末は違うがね。
そう言ってカラツ先生は喋り終えた。
「その秘宝は今どこに」
「……二つは持ち去られ、一つは隠された」
言うべきことは言ったと、カラツ先生は背を向ける。
「トジ君は、祭礼の儀を開きたいのか?」
「いえ」
「ならば、何故こんな話を? まさか、ただの興味ではないだろう」
カラツ先生は答えを知っていて聞いているようだった。そんなはずはないが、何となくそう感じたのだ。
「友人を救うためじゃ」
トジの頭にはそれしかなかった。復讐の文字はなかった。
そうだろうと、カラツ先生は頷き、急にこんなことを言った。
「今年のイースターはどうするのかい」
「?」
「予定がないなら、イースターエッグを探すと言い。この学園には卒業生たちがイースターエッグを隠している。見つければ、きっと役に立つ」
カラツ先生が、意味ありげに微笑んだところで授業の時間は終わった。
「今日は宿題無し。遅れずに次の授業に行きなさい」
何が何だか分からないような、凄い話を聞いたような、そんなふわふわした感じで生徒たちは教室を出ていく。
トジは一人教室に残っていた。
「先生」
「トジ、私から言えることはもうない。あとは自分の力で探すべきだ」
「……先生は、何か知っておるのか」
「それも、君自身が探すべきだ」
「……わかりました」
カラツ先生は頑張れと送り出す。
疑問は残るが、トジは今やれることをやろうと行動するのだった。
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