第4話 出会いと困惑

 目が覚めると、我は金属の籠に捕らわれの身となっていた。籠には白い布がかかっており、籠の外の様子を窺うことができない。


 いったい、なぜこんなことに……。


 我はズキズキと痛む頭で気を失う前の記憶を思い返す。


 たしか、少女の助けを求める声が聞こえて……。突然足元が光り、身体の自由がきかなくなった。その後、強烈な眠気に襲われたのを思い出す。どういう理屈でそうなったのかは全く分からない。だが……なんたる不覚! やはり罠の類だったか。


 犯人の目星はついている。金属の籠を使っているあたり、人間の仕業と見てまず間違いない。身の回りのよく分からない物には、だいたい人間が関わっている。きっと、あのよく分からない罠も人間が仕掛けたものだったのだろう。


 このままではマズイな……。


 我はどうにか脱出しようと籠を殴ったり、蹴ったり、齧ってみたりしてみるが、金属の籠はカチャカチャ鳴るだけでビクともしなかった。流石に無理か。


 さてどうするか……。


 思考を巡らせていたら、外からなにやら話し声が聞こえて来た。我は耳を立てて音を拾っていく。


「先生、ここに私の使い魔がいるんですか?」

「あぁ、丁度使い魔も目を覚ましたようだ。さあ、顔を見せてあげなさい」

「はい!」


 片方、先生と呼ばれた方は聞き覚えのない声だ。だがもう片方、聞き間違いでなければ我が罠に掛かる前に助けを呼んでいた少女のものだ。彼女も一緒に捕まったのだろうか?


 籠を覆っていた白い布が無造作に捲られる。そちらに目を向けると、ドアップで人間の顔があった。怖っ。目が合った。


「……猫?」


 目の前の人間が、助けを求めていた少女の声で呟く。どうゆうことだ!?


「そうだ。君の使い魔はその猫だ。大事にするといい」


「はい……」


 二人の人間が話している内容が分かる。


 これはどういうことだ!? こいつら猫の言葉を話しているのか!? それとも我がおかしくなってしまったのか!?


 我の混乱をよそに先生と呼ばれた人間がどこかへ消えてしまった。この場には、我と猫の言葉を話す黒い毛の長い人間が残された。誰かこの状況を説明してくれ。


「……はぁ。あなた名前は?」


 目の前の人間が眉を寄せて不満そうに質問を口に出す。籠に入れられている我の方がよっぽど不満だ。


 しばたく経っても、黒い毛の人間の目は、こちらを向いたままだ。ひょっとして、我に訊いているのか?


「名は無い。皆にはクロと呼ばれていた」

「そう。黒猫だから?」

「そうだ」


 試しに返事を返すと、人間と意思疎通が取れてしまった。なんだこれは? これは夢か?


「私はアリア・ハーシェ。アリアが名前。あなたの主よ」


 主?


「我を飼う気か?」


 人間の中には、猫を飼う奴も居る。コイツもその類か?


「ちょっと違うわね。一応主とは言ったけど、もっと対等な関係よ。ご飯と寝る場所は用意するつもりだけど」


 人間と対等な関係? 猫と人間が? まったく想像もつかない。人間は不思議な力をいくつも持っているし、単純な腕力も猫とは比較にならないほど強い。強力な種族だ。そんな人間と対等な関係。しかも飯の用意もしてくれるらしい。なんだコイツ良い奴か?


「まずは、あなたの名前も決めないとね」

「名前など、なんでもいい」

「じゃあ私が勝手に決めちゃうわよ?」

「勝手にしろ」


 名前など無くても良いくらいだ。不便は感じない。なのに人間は、なにやら真剣に考え込んでいるようだ。


「クロムなんてどうかしら? 愛称はクロで。これならあなたも慣れやすいでしょ?」

「それでいい」


 名前などなんでもいい。だが、人間がこちらに配慮しているのは分かった。人間が猫に配慮するとは驚きだ。これも対等というやつか? 悪くないな。


「さて、そろそろ移動しましょ」

「どこに行くつもりだ?」

「私の部屋よ。これからはクロの部屋にもなるんだけど」


 寝床、または巣の類だろうか? そう言うと、人間は籠ごと我を持ち上げた。


「よいしょっと、重いわね」


 重いというわりにひょいと軽々持ち上げた。やはり人間は腕力が強い。そして、籠の中の我を連れて、部屋という場所に向けて歩き出した。普段、自分が見ているよりも随分と視線が高くて落ち着かない。


「人間、我はもう自分の住処を持っている。元の場所に戻してくれればいい」

「その人間って呼ぶの止めて。私にはアリアって名前があるの。アリアって呼びなさい。それと元の場所に戻るのは無理よ」


 人間、アリアは少し怒っているような気がする。語気が強い。人間は名前で呼び合うものなのだろうか? それくらいは容易いことだ。ここは大人しく従おう。


 しかし、元の場所に戻れないとはどういうことだ? アリアが我をこの場所に連れてきたのではないのか?


「私があなたを召喚……転移させたのよ。説明すると難しいんだけど……」


 アリアが座標がどうの転移がどうのと小難しい言葉を並べて説明してくれるが、さっぱり分からない。


 だが、そんな我にも分かることがある。それはアリアに連れられて建物の外に出た時に実感した。いや、強制的にさせられた。見える景色、風の臭い、空気の感じ。全てが我の記憶にないものだった。嫌でもここが我の住処とはまるっきり違う場所だと実感させられた。これではどうやって帰ればいいのか手がかりが一つもない。アリアが無理だと断言するのも分かる。


 まさかの現実に打ちひしがれている我を連れて、アリアはまた別の建物の中に入っていく。


「いい? ここが女子寮よ。この中に私達の部屋があるの」


 我は、ようやくアリアが我に住処を与えようとしている意味に気が付く。我が住処を失うことを予測していたのか。


 やがてアリアが一つの扉の前に立ち、扉を開けた。


「ここが私達の部屋よ。狭いけど我慢してね」


 ここがアリアが用意した我の新しい寝床か。予想よりも広い。走り回るには手狭だが、寝る分には十分すぎるほどの広さがある。我の元の住処よりもよっぽど立派な場所だった。


「部屋の場所は覚えておいてね。違う部屋には入っちゃダメだからね」

「だいたい覚えた。おそらく問題あるまい」


 同じ扉がいくつも並んでいて混乱したが、たぶん大丈夫だろう。それよりも……。


「そろそろ、ここから出してくれないか?」

「うーん……。もうちょっと待っててね。先にご飯をもらってくるわ。あなたもお腹空いてるでしょ?」


 そう言い残すと、アリアは部屋を出ていってしまった。寝床と飯の世話はしてくれるのだったか。たしかに腹は減っている。気が利くな。この籠から出してくれれば、もっと気が利いているのだが……。


 さて、どうするか。といっても、籠の中に捕らわれの身ではやれることなど無い。我は籠の中から辺りを見渡した。部屋の中には、木でできたなにかがいくつかあり、他に見るべき物がない。何者かが潜んでいる気配もない。安全と言ってもいいだろう。住処としては、とりあえず合格だな。


 しかし、妙なことになってしまったな……。ようやくシマのボスに成れたかと思ったら、まさかこんなことになるとは……。さて、これからどうするか。


 アリアの隙を見て逃げ出すか?


 しかし、アリアの言っていた人間と対等な関係というのも気になるところだな。人間は強力な種族だ。上手く扱えれば、大きなメリットがあるだろう。


 悩ましいな……。


 まぁ、籠に囚われの身ではできることもないか。


 我は、狭い籠の中で横になってアリアの帰りを待つのだった。



 ◇



 アリアが帰ってきたのは、しばらく経ってからだった。両手になにか持っているのが見えた。あれが飯か?


「お待たせ。ごめんなさい。時間がかかったわ」

「別に構わん」


 待つだけで飯がもらえるなら、いくらでも待つ。狩りでも待つのは基本だ。待つことに苦は無い。


「ちょっと待ってね。今開けるから」


 アリアがしゃがみ込んで、両手に持った器を床に置くと、ようやく籠の扉を開けた。久々に外に出る気がするな。我は籠の外に出て、まずは伸びをする。狭い籠の中で体が凝り固まってしまった。伸びをすると気持ちが良い。ふぅ。


 それからアリアが用意した器へと向かう。器は二つあり、片方には白い物体が鎮座しており、もう片方は水を湛えていた。白い物体はなんだろう? 飯なのだろうが……嗅いだことない臭いだ。鼻がくっつくくらい近くで嗅いでもなにか分からない。でも良い匂いだな。腹が減る匂いだ。毒ではないだろう。我は意を決して白い物体に齧りつく。


 美味い……ッ!


 この味、少し変わっているが肉だ。おそらく鳥の肉。肉だというのに血の味がしない。血も出ない。口の中には肉の旨味だけが広がる。美味い。肉ってこんなに美味かったのか!?


 我は無我夢中で、この不思議な肉に齧りついた。肉が無くなってからは器まで舐める熱中ぶりだ。もう無くなってしまった……。しかし、腹の方は確かな満足感を伝えてくる。視線を感じて振り向くとアリアが居た。


「気に入ったようでよかったわ」


 どうやら見られていたようだ。少し恥ずかしい。


「ご飯が終わったなら話があるわ。重要な話よ」


 笑みを浮かべていたアリアが真剣な表情を作る。重要な話らしい。我も顔を洗うのを一旦止めてアリアの方へ体を向けた。


「クロム、あなたの使える魔法を教えてほしいの」

「使えないが?」

「えっ!?」


 え?

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