第14話 魔法ってすげー!

「さ、クロ行くわよ」

「あぁ……」


 これから授業に出なくてはいけないかと思うと、どうしても気持ちが沈んでしまう。尻尾も元気なく垂れ下がる。授業というのはどうも苦手だ。訳の分からんことを延々と聞かされるのは苦痛ですらある。だが、肉の為だ、仕方ない。つまらなかったら寝てしまおう。


 そんな後ろ向きな決意を固めながら、我はアリアの後ろを歩く。


「ん? そっちは教室ではないぞ?」

「今日は第三グラウンドで行うみたいなの。こっちよ、付いて来て」


 案内されたのは広々とした平地だった。そこに人間と使い魔が一カ所に集まっている。ざっと20人程か。見覚えがある奴が多い。クラスの連中か。それとは別に、先生と何組かの人間と使い魔の姿も見える。む? アイツは、もしや……。


「私達も集合しましょ」


 我はアリアに続いてクラスの連中と合流する。


「あ、アリア!」

「二人ともごめんなさい、クロがなかなか帰ってこなくて」

「いいよいいよ」

「皆揃っているか?そろそろ授業を始めるぞ」

「「「はーい」」」


 先生が生徒たちの前に立ち、生徒の人数を確認している。


 ゴーンゴーンゴーン


 鐘も鳴ってしまった。はぁ、授業が始まってしまうのか。幸い、午後の日差しが降り注ぎ、絶好の昼寝日和と言える天候だ。さっさと寝てしまおう。


「これより授業を始める。今日、皆に此処に集まってもらったのは、卒業生の演習を見学してもらうためだ。これを通して皆がなにか得るものがあることを期待している。初めに、そうだな、ゼベア君とカールストン君に頼もうかな。軽く自己紹介を」


「「はい」」


 ちらりと横目に見れば、先生に紹介された二人が一歩前に出た。


「俺がガッツ・ゼベアだ。あっちに見えるのが俺の使い魔、ワイバーンのグラムだ」


 そう言ったのはアリアより背が高く、がっしりした体格の人間だった。しゃべり方からしてたぶん男だろう。だが、この男など霞んでしまうほどの存在が我の目に入ってきた。何だあれは!?


 距離が離れているため正確には分からないが、イノリスと同じくらいの大きさのトカゲが見える。いや、胴体だけでイノリスと同じ大きさだ、尻尾や翼を広げれば確実にイノリスよりも大きい。翼があるということは飛ぶのか!?


 あの巨体で空を飛べるのか……なんて恐ろしい奴だ。硬質な印象を受ける深い緑の鱗に覆われた、ずっしりとした体躯。太い尻尾の先には鋭利な巨大な棘が生えている。こんな生物が存在しても良いのだろうか? いや、良いわけがない!


「皆さん初めまして。リピア・カールストンです。こちらが私の使い魔、ハルトです。よろしくお願いしますね」


 金髪の、アリアより身長の高い、たぶん女が自己紹介している。その使い魔に見覚えがあった。遠目で見た時にもしやと思ったが、昨日のふらふら歩くネズミではないか。ネズミに再会したことも驚きだが、ワイバーンのインパクトが強すぎる。ネズミなどどうでもいい。


「今からこの二組に、使い魔による模擬戦をしてもらう」


 先生が驚きの宣言をする。この2匹で模擬戦などやる意味が無い。結果が見えている。ワイバーンの勝利だ。だがやるということは……。ネズミに勝ち目があるというのだろうか? それとも窮鼠猫を噛むというのを見せようというのだろうか? 文字通りネズミで。


 しかし、相手は猫ではなくワイバーンだ。ネズミの歯は猫には通用するかもしれないが、ワイバーンには無理だろう。


 先生の意図が分からんな。この両者の模擬戦に意味が見いだせるとは思えない。やるだけ無駄だ。


 我が考え込んでる間に二匹の準備ができたようだ。二匹が距離を開けて向かい合っている。体格差がすごい。


「準備はいいな? ……では、はじめ!」


 先手を取ったのはワイバーンだった。ワイバーンは両腕の翼を羽ばたかせている。飛ぶ気か? 違う! ワイバーンが羽ばたくと翼の先の空間の歪みが、見えないなにかが高速でネズミに向かって飛んでいく。


「なんだあれは!?」

「たぶん、風の刃の魔法だと思うけど……」


 アリアが答えるが自信なさげだ。風の刃がネズミに迫る。空間が歪んで見える程の風の刃、そんなものを受ければ、ネズミなど消し飛んでしまうのではないか。獅子は兎を狩るにも全力というが、これは流石にやり過ぎではないだろうか?


 我は風の刃がネズミに当たり、ネズミが消し飛ぶのを幻視した。


 だが、そうはならなかった。ネズミの前に石の壁が、ネズミを守るように地面から立ちはだかるのが見えた。これも魔法か!?


 辺りに硬質な音が響き渡り、風の刃と石の壁がぶつかる。風の刃は石の壁を大きく削り取ったが、破壊するには至らなかった。しかし、石をああも容易く削るとは、風の刃の威力が凄まじい。そしてそれを防いだ石の壁の耐久力も大したものだ。


 しかし、続く二発目の風の刃に壁は脆くも粉砕される。ネズミ危うしと思えば、すでに別の石の壁を作り風の刃を防いだ。


 風の刃と石の壁の攻防が続く。このままでは千日手かと思った時、ネズミが仕掛けた。石の壁の前方に突如として大きな石の槍が現れた。石の槍は登場と同時に高速でワイバーン目掛けて飛翔する。ワイバーンの放つ風の刃を粉砕しながら、自身も破壊されながら石の槍が飛ぶ。その穂先はワイバーンに狙いが定められていた。このままではワイバーンに命中する。


 ワイバーンも動いた。石の槍が自身に届くことを悟ったのか、翼を大きく羽ばたき、その身を空へと押し上げることで石の槍を回避する。ついにワイバーンが空を飛ぶ。


 ワイバーンは上空からネズミを風の刃で狙う。上空からなら石の壁に遮られず、ネズミへの射線が通る。


 ネズミは防戦一方だ。壁のない所を狙われ、危ないところで風の刃を石の壁で相殺していく。そして死角を無くすべく石の壁を作り続けていく。ネズミが壁を作るスピードとワイバーンが壁を削るスピードでは、ネズミに軍配が上がるようだ。徐々に石の防壁が、ドーム状に形成され始める。あれでは確かにワイバーンの攻撃は届かないだろうが、ネズミからワイバーンの姿が見えず、攻撃もできないのではないだろうか?


 ワイバーンが風の刃を放つのを止め、どんどん空へ上昇していく。風の刃ではあのドームを突破できないと悟ったのだろう。ネズミの防御を破る手があるのだろうか? だとすればネズミは……自ら檻の中へ入り込んだことになる。


 ワイバーンは、此処からではもう砂粒の様に小さくしか見えない程高度を上げていた。そして空中で反転すると、勢いよく降ってくる。


 ワイバーンの姿が徐々に大きくなる。ん? ワイバーンが光った? 次の瞬間、凄まじい風の奔流が上空からネズミのドームに叩きつけられた。離れた位置にいる我らにまで届く、ものすごい風圧に吹き飛びそうだ。


「まさか……ブレス!? ワイバーンが!?」


 アリアが何か叫んでいる。


 ネズミのドームは徐々に徐々に崩壊し始める。ネズミが中から壁を継ぎたし補修しているのだろう。だが、それでも、確実に壁は薄くなっている。そこにワイバーンが頭から突っこんでくる。ワイバーンはドームにぶつかる瞬間クルリと身体を反転し、尻尾の棘をドームに叩き込んだ。


 凄まじい爆発音が辺りに響き渡り、ついにネズミのドームが崩壊する。


 ワイバーンの尻尾がドームを貫き、ドームの上部が吹っ飛んでいた。そして、ワイバーンも吹き飛ばされていた。


 なんだとッ!?


 ワイバーンを吹き飛ばしたのは、無数の石の槍だった。ワイバーンがドームの上部を吹き飛ばした瞬間、吹き飛ぶ瓦礫に混じって石の槍が発射されたようだ。尻尾を叩きつけるために急反転をしたワイバーンに石の槍を躱すことができなかった。石の槍をもろにその体に受け、吹き飛んだのだ。


 吹き飛んだワイバーンが地面に落ち、地響きを鳴らす。ワイバーンはゆるゆるとした動作で立ち上がろうと足掻く。しかし、ワイバーンは起き上がることができないようだ。そして、遂にはその動きも止まり、ぐったりと地面に倒れ伏す。


 崩れたドームからネズミが出て来た。ネズミは主である少女の元に近づいていく。ワイバーンが動けず、ネズミが動けるということは、ネズミの勝利か……ッ!




 その事実が我には衝撃だった。勝者はワイバーンで動かないだろうと考えていた。


 だってそうだろう?


 あんなに体格差があるのだ、しかもワイバーンは飛べる。勝負になるのかも疑問だった。そんな我の予想を覆したのが魔法による力だ。我は魔法という力を過小評価していたことを悟る。昨日見て驚いた、アリアの使った温風の魔術など子供だましと思える程、今日見た魔法はどれも我の常識を破壊するくらい強力なものだった。これが魔法の力……ッ!!


 アリアは我にも魔法が使えると言う。


 この強力な力を我が……ッ!


 欲しいと思った。是が非でも欲しいと。


 猫は弱者だ。人間たちの間で生活して、様々な使い魔を見て、猫は弱者であると我は思い知らされた。だが、猫よりも弱者であるはずのネズミが、人間よりも強大であると確信できるような怪物を打倒しうる術がある。それが魔法ッ!!!


 手に入れなければならない。なんとしても、なにがなんでも手に入れなければならない。このまま、弱者のまま甘んじているわけにはいかない。魔法という力を手に入れる為ならば我はなんでもする。


 そのためには、まずは魔力の感知か。我は自身の内側へと意識を向ける。思えば、今までの我は真剣に魔力感知をしてこなかったのだろう。どこか遊びが、魔力などあるはずのないという諦めがあった。あるはずなのだ。魔力は我の中にあるはずなのだ。いつもしている耳での警戒も止める。敵に襲われるかもしれない。それがどうした。魔法を手に入れる為なら安い代償だ。


 我の意識が、どんどんと奥へ奥へと沈んでいく。もう音も聞こえない。だが見つからない。


 もっとだ、もっと奥へ深くへ深淵へ! 今までにない程自分と向き合う。そして……ッ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る