第15話 やる気
我の中の常識が破壊されてから、あのネズミとワイバーンの戦いを見てから何日経っただろうか。我は魔法を諦めていた。
あれから我は、アリアに促されるまでもなく魔力の感知に全力を傾けていた。しかし、寝る間も惜しんで自身と向き合おうとも、なにをどうしても魔力の感知ができなかった。魔力の感知ができねば魔法は使えないらしい。無理だこれ、無理無理。
我が魔法を使うなど、初めから無理な話だったのだ。
「なぁ、イノリス~」
「にゃ~……」
イノリスが我の声色に寂しさ、悔しさを見て取ったのか、ベロリと頭を舐めて慰めてくれる。イノリスはいい女だ。世話好きで、芯が強く、時に我を甘やかし、時には叱咤してくれる。我が同種ならば放っておかなかっただろう。何故、我はイノリスを警戒し、距離を置こうとしていたのやら。過去の自分を問い詰めてぶん殴りたい気分だ。
ガサリッ!
音がした方向に目を向けると一匹の猫がいた。白い猫だ。白猫はこちらを見るなり、ビクリッと体を震わせ、静かにゆっくりと去ってく。失礼な奴め。イノリスを見るとやはり寂し気だ。イノリスは感じやすい女だ。きっと、また白猫を怖がらせてしまったことを悲しく思っているのだろう。我は失礼な白猫への罵倒を飲み込み、慰めるためにイノリスの首筋に舌を這わす。
「にゃー」
大丈夫、気にしてない。そんな声だ。そして慰めたお礼なのか、こちらの頭をベロリベロリと舐めてくる。まったく、いい女だぜ。
ゴーンゴーンゴーン!
授業終了の鐘が鳴る。本来なら教室まで行かなくてはならないが……どうせイノリスに会いに此処に来るのだ、構うまい。しばらくすると、三人の人影が見えた。アリア、ルサルカ、レイラのいつもの三人だ。
「イノリスー!」
ルサルカが走ってイノリスに飛びついてくる。イノリスはビクともせず、余裕でルサルカのダイブを受け止めた。さすがだ。
「アリアー、クロここに居たよー!」
「もう、クロ! 教室に帰ってくる約束でしょ? 今日は先生の所に行くんだから早くこっち来なさい」
アリアがお冠だ。どうせここに来るのだからいいだろうに。それにしても、歩くのだるいな~。
「イノリス~」
「にゃ」
イノリスが、仕方ないわね、と言いたげな声を放ち、我の後ろ首根っこを優しく咥えると、アリアの元まで歩き出す。
「来たぞ、アリア」
我はイノリスに咥えられたまま、片手を上げてアリアに挨拶する。
「イノリス、うちの子がわがままでごめんなさいね。クロもこれくらい自分で歩きなさい」
「面倒でな。ありがとう、イノリス」
我はイノリスの口から、そっとアリアの胸の中に渡された。
「にゃ~」
「イノリスも迷惑ならはっきり言ってちょうだいね。あんまり甘やかさなくてもいいんだから」
残念ながら、イノリスの言葉を我には理解することができない。だが、ニュアンスなら大体わかる。イノリスは嫌がっていない。こいつは世話好きだからな。逆に喜んでそうだ。
「じゃあ私、先生の所に行ってくる」
「はーい」
「いってらっしゃい」
ルサルカとレイラに見送られて、アリアが先生の所へと歩き出した。
「あなたって地味に重たいのよねー。ほら、もう自分で歩いて」
「面倒だな」
我は降ろされてたまるかと、アリアにしがみつく。
「きゃっ。こら、胸に爪を立てるのはやめなさい!」
結局降ろされてしまった。仕方ない、歩くか。はぁ……。
「あなた、日増しに図々しくなっていくわね」
「失礼な」
日増しに図々しくなっているのはアリアの方だ。
アリアと言い合っている内に先生の部屋まで着いていた。それにしても今日は何の用なのだろう? 前回と違い、我には用件を伝えられていない。
コンコンコン!
アリアが扉を叩く。相変わらずこの謎の儀式はよく分からない。
「開いているよ」
部屋の中から、くぐもった先生の声が耳に届いた。
「失礼します」
アリアが部屋の扉を開ける。
「アリア、我は必要か? 必要なければ中庭で待っているが」
そしてイノリスとゴロゴロして過ごしていたい。
「あなたも必要よ。だってあなたの用だもの」
我の? 一体何の話だろう。心当たりがない。我はアリアに促されるままに先生の部屋へと入った。
たくさんの本や巻物に囲まれた少々カビ臭い部屋。日当たりも悪く、ジメッとしている。あまり長居はしたくない所だな。此処が先生の部屋だ。
「ハーシェ君か。今日はどうしたんだい?」
「先生、使い魔の事で相談がありまして……」
「ふむ、まぁ掛けたまえ」
前回と同じようにアリアが椅子に座った。我も同じように椅子の横に座る。
「先生が前に言っていた最終手段を聞きに来ました」
「最終手段? あぁアレか。話を聞くということは、君の使い魔は魔法が使えなかったんだね。でも、アレは使い魔の負担が大きくてね。おいそれと教えるわけには……」
「先生お願いします。もう来週には使い魔のテストがあるんですよ!? このままじゃ落第になっちゃいます! もう退学なんて話は嫌ですよ!」
「それはそうだが……。本当に君の使い魔は魔法を使える見込みはないのかね? 今、どんな状態なんだい?」
「まだ魔力の感知ができないんです。それに使い魔の方もやる気をなくしてしまったみたいで……」
バレてるッ!?
最近は真剣に魔力探してなかったからなぁ……。半分寝てたし、流石にバレるか……。
我も出来るなら魔法を使いたい。力への渇望は今でもある。しかし、なにをどうやっても魔力を感知できないのだ。無い物を延々と探し続けるのは、だんだんと気が滅入ってくる。次第に我のやる気は摩耗していった。今では魔法の習得自体諦めているくらいだ。
「ふむ、魔力の感知が……いけるか? いや、しかし……どちらにせよ、早い方がいいか……。そうだな、使い魔君自身に決めてもらおう。使い魔君、話を聞いていたね? 君には二つの選択肢がある。一つはこのまま魔力感知を続けること。もう一つは魔法が使えるようになるかもしれないが、危険がある方法だ」
このままダラダラと過ごしていたいのだが、そんな選択肢はなかった。ちぇっ。
しかし、どうしたものだろうか、まぁ答えは一択しかないのだが。自力で魔力を感知することは、もう無理だと思っている。解決の糸口さえ見えない。
それに、魔法が使えるようになる可能性があるならば、例え危険があろうと賭けるべきだ。それほどまでに魔法とは魅力的なのだ。我の中で魔法への欲が、力への渇望がムクムクと大きくなっていくのを感じた。
アリアを見上げる。アリアはこちらを真剣な目で見ていた。手を組んでまるで祈っているようだ。そんなに心配しなくても答えは決まっているとも。
「我はやるぞ、アリア!」
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