第16話 最終手段

 魔法を求める我は、魔法を使える可能性はあるが、危険な方法を試すことを決めた。我の答えを聞いた先生は、我らをグラウンドの片隅に連れて来た。ここでその方法とやらを試すのだろうか?


「さて、では最終手段について説明しよう」


 先生が語りだす。


「使い魔とその主の間には強力なパスが繋がっている。そのパスを通じてハーシェ君から使い魔君に魔力を流し、使い魔君の魔力量の限界以上に供給する。そうすると、使い魔君の中から行き場を無くした魔力が溢れだす。溢れだした魔力は使い魔君の魔力だ。授業で習ったね、色つきの魔力だ。色つきの魔力は現実を塗り潰し、魔法は発現する。以上だ」


 相変わらず、この先生という奴の言葉は意味が分からない。


「大切なのは、使い魔君が魔力を感知し、魔力を体の外に出す感覚を覚えることだ。そうすることで使い魔君に魔力感知と魔力操作を効率よく学習してもらう」


 要約すると、アリアが我の体に魔力を流すらしい。まずは、その魔力を感じ取ればいいようだ。魔力とはどういうものなのか、体に教え込むということなのだろう。


「先にも言ったが、この方法は使い魔に大きな負担をかける。危険な方法でもある。引き返すなら今だよ?」


「やります!」


 アリアが元気よく返事をする。躊躇など無い。もうちょっと使い魔に大きな負担をかけるとか、危険だとかを考えてみて欲しいものだ。我に遠慮とかないんだろうか? まぁ我も了承したんだけどさ。もうちょっと我を慮ってもいいと思う。


「では使い魔君に手をついて魔力を通してみたまえ。魔術陣に魔力を流すように、使い魔君に魔力を流すことができるはずだ」

「はい!」


 アリアが地面に膝をつき、我の背中に触れる。


「いくわよ?」

「あぁ」


 アリアの手が触れてる背中が暖かい。最初はアリアの体温かと思ったが違う。体温とは違った暖かさが体に広がっていく。もしかして、これが魔力というヤツか?


「最後にこれだけ。どんな結果になっても後悔はしないようにね」

「はい!」


 その言葉を最後に、先生が我らから離れた位置に移動した。なんで最後に意味深なことを言うんだ? 怖くなるだろうが。しかも我らから距離を取るって……ここが危険だと言ってるようなものじゃないか!


 アリアもアリアだ。なんで即答で肯定できるんだ? 普通あんな意味深なこと言われたら躊躇しそうなものだが……。我はアリアの覚悟を見誤っていたかもしれない。


 身体の中に流れていた暖かいものは徐々に熱い物に変わっていった。いや、もう熱いなどという表現では不足だ。灼熱? 心臓の鼓動とは別に、灼熱が体の中を渦巻いている。まるで体の中から焼かれている気分だ。その灼熱が内側から我を壊そうと膨張し続ける。


 この熱から逃げ出したい。今すぐにでもこんな熱を送ってくるアリアから離れたい。でも魔法が欲しい。魔法が使えるようになりたくてなりたくて堪らない。魔法を諦めたなんて嘘だ。魔法が手に入りそうになくて逃げ出しただけだ。唯の自分を騙す為の嘘。本当は魔法が欲しい。だってネズミがワイバーンなんて怪物に勝てる力だ。誰だって欲しいに決まってる。特に力がない弱者ならば……ッ!死んでも欲しいに決まってる……ッ!


 その瞬間、それは唐突に訪れた。身体の中の熱が一部、我の身体の外に飛び出した。これが先生の言っていた現象か? 我の体から魔力が漏れたのか?


「アリア!」

「えぇ!」


 どうやらアリアの方もなにか感じたようだ。我への魔力供給を打ち切り、周囲へと視線を向けて様子を窺っている。


 我も急いで周りを確認した。先生は言っていた。我の魔力が外に出れば魔法が発現すると。もう我の魔力は外へと放たれた。つまり、もう魔法は発動しているはずだ。


 しかし、それからしばらく経ってもなにも変化がない。見えるのは先程までと同じ放課後のグラウンドの風景だ。本当に魔法が発動したのだろうか? もしかして不発?


「なぁ、アリア……」


「なにも起きないわね……」


 アリアの方でも魔法が確認できないようだ。本当に不発? こんなに苦しい思いをしたのに? 


 あの先生の自信たっぷりの説明はなんだったのだろうか。なんかだんだん怒れてきたな。


「おい先生! 魔法など発動せんぞ!」

「先生、魔法が発現しません!」


 我とアリアは先生の方へと振り返った。


「確かに魔力を外に出したのかね? 目立った変化が見られないとなると身体能力系か? 使い魔君、何か体に変化は?」


「ない!」

「ないそうです!」

「まぁ少し使い魔君を調べてみよう。二人ともこっちへ」


 先生の元へと向かう。しかし、我の身体か……そういった魔法もあるのか。目立った変化はないが。我は跳んでみたり、自分の体を舐めたり触ったりしてみる。いつも通りだ。


「あれは……? なんだ。魔法は発現してるじゃないか。二人とも振り返ってみたまえ」


 なに!? 我は急いで振り返る。しかし見えるのは先程と同じグラウンドの風景だ。一体何を言ってるんだ?


「君たちが魔力を供給していた場所だ。その地面をよく見てみるといい」


 言われた通り見てみる。ん? あれは何だ? そこにはアリアと我の影が残されていた。反射的に我は自分の足元を見る。そこにも普通に影はあった。動くと付いてくる普通の影だ。影を忘れてきたわけではないらしい。では、あの影は何だろう? 形から察するに膝をついたアリアが我の背中へと手を伸ばしている、おそらく、魔法が発動した瞬間の影だ。


「あの影は何だろうね? 君たちも来ると良い」


 そう言って先生が影へと近づいていく。そして、影の近くに座るとおもむろに影を触りだした。


「これは下の砂の形かな、凸凹している。だが触り心地はツルツルとしているな。まるでグラウンドに薄いツルツルの布をかぶせたような……。ひょっとするとこれは……。見てくれ、影が持ち上がった。ひどく薄いな、それの割りに重い、そして、とても硬い。折ったり曲げたりはできそうにないな」


 先生が影を分析していく。我も影に触ってみたが、たしかにツルツルしていた。嗅いだり舐めたりしてみたが、臭いも味もしなかった。噛んでもみたが硬い。


 二人と一匹で影を調べていたら、途中で影が薄くなり消えてしまった。


 その後、しばらく考え事をしているように少し俯いた先生が口を開いた。


「おそらく、だが。使い魔君の魔法は影の物質化だ。物質化された影はツルツルとした手触りで、薄く、重く、硬い。効果時間の方は5分くらいか? 君たちは何か気が付いたかい?」

「私は先生以上のことは何も……クロは?」

「味も臭いもしなかった」

「そう。味も臭いもしなかったそうです」

「ふむ。まぁ、なんにせよ使い魔君が魔法を使えてよかったね。おそらくだが、使い魔君の魔法は影か物質化のどちらかに特化している。今後はそちらから攻めてみるといい。では、僕はもういくよ」


 先生が去り、我らだけが残された。魔法を使えて良かったか……。影の物質化か、そんな魔法でどうやって戦えばいいのだろう? もっと分かりやすく強力な魔法が良かったと思うのは我のわがままだろうか? 風の刃とか石の槍が羨ましい。


「影の物質化……。そんな魔法でどうやって使い魔のテスト、クリアすればいいのよ!?」


 アリアが頭を抱えて空に向かって嘆いている。どうやらテストとやらでも役に立ちそうにないらしい。はぁ、せっかく魔法が使えかもしれないというのに、肝心の魔法がこれでは……これはあんまりだ。

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