第54話 助けたいか?

「遅いわねー……」


 学院前の広場、大きく立派な校門の横で、我らはヒルダの到着を待っていた。今日はこれからいつものメンバー、アリア、ルサルカ、レイラ、ヒルダの四人と、我、キース、リノアの三匹で買い物に行くらしい。イノリスはいつも通り外出許可が下りずお留守番だ。本当は、我もイノリスと一緒にぐーたらしていたかったのだが、荷物持ちとして呼ばれてしまった。アリアがチーズを買ってくれると言うので、仕方なく付き合おうと思う。我の寛大な心に感謝してほしい。


「そうですね。何かあったのでしょうか?」


 アリアもレイラも、ヒルダの到着が遅くて心配しているようだ。たしかに、もう随分と長いことここでヒルダを待っている。いつもなら、もうとっくに合流して街に出ている頃合いだろう。


「足疲れた……」


 そう言って、ルサルカが地面にしゃがみこんでしまう。人間は二本足で立っているからな、その分足に体重がかかって疲れるのだろう。四本足で歩けばいいのに。


「私も座っちゃお」


 アリアも座る。


「もう二人とも、はしたないですよ」


 レイラが二人を窘めるが、二人は動こうとしなかった。


「でも、疲れた。レイラは平気なの?」

「私も疲れましたけど、我慢します」

「座っちゃえばいいのに」


 レイラは意地でも座らないらしい。その頑なに座らない姿勢に、なにか矜持のようなものを感じた。そんなものより、体を休めて、いざという時に動けるようにした方が良いと思うのだがなぁ。


 ピクリッ!


「…ム…ん。…ロムさーん!」


 一瞬、リノアが我の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。我は耳をピンと立てて、音を拾っていく。周囲の雑音を追い出し、リノアの声に意識を集中させる。すると―――。


「クロムさーん!」


 聞こえた! リノアの声だ。


 音のする方向へと顔を向けると、白い猫が馬車に危うく引かれそうになりながら、走ってくるのが見えた。かなり慌てている様子だ。リノアは、自分を引きそうになった馬車など気にも留めず走ってくる。走ってくるのはリノアだけだ。リノアの主、ヒルダの姿が見えない。


「クロムさん、大変、大変なんです! 助けてください!」


 リノアは我に駆け寄ると、助けを求める。だが、助けを求めるばかりで、状況が見えてこない。


「落ち着くんだリノア。何があった?」

「馬車でここに来る、途中、馬車の向かう方向が、違うことに、気が付いて、それで、御者に確認したら、これで合ってるって、取り合って、もらえなくて!」


 息も絶え絶えになりながら、リノアが必死に状況を説明しようとする。我に縋りつかんばかりに助けを求めるリノアの様子から、なにか良くないことが、それも大事件が起きたのは確かだ。だが、リノアの話からは、まだ何が起こっているのか全体像が見えない。「さっさと結論を言え」と怒鳴りたくなるのを必死に堪えて、我はリノアに続きを促す。


「それで?」

「ヒルダが、助けを呼んでくるように、とわたくしを逃がして……ヒルダは、馬車ごと、連れ去られてしまったんです! 誘拐です!」


 それを先に言えよ! いや、リノアも気が動転しているのかもしれない。しかし、誘拐か。人間は猫だけでは飽き足らず、同じ種族も誘拐するらしい。変な種族だ。


「あら、リノアじゃない。ヒルダ様はどうしたの?」


 アリア達もリノアに気が付いたようだ。


「アリア、緊急事態だ。キースに意思疎通の魔法を使わせろ!」


「えっ!? うん、分かった! お願いキース、意思疎通の魔法を使って!」


 頭の中で、なにかが繋がる感覚があった。きっとキースが魔法を使ったんだろう。


「緊急事態だ! ヒルダが誘拐された!」

「お願いします、皆さん。助けてください!」

「えっ!? 誘拐って、えっ!?」

「嘘っ!?」

「まさか……」


 我とリノアの言葉を聞いたアリアとルサルカは、ひどく驚いている。驚く二人とは対称的に、レイラは落ち着いているように見えた。何故だ? まさか何だ? 知っていたのか? 皆も驚かないレイラに違和感を覚えたようだ。視線がレイラへと集まる。


「レイラ?」

「いえ、犯人の心当たりが御一人。でも、まさか、誘拐だなんて……。なぜ、そんな強硬手段を? 大丈夫だと確信があるの?」


 レイラが俯いて、ブツブツと呟いて考え込んでいる。そしてパッと顔を上げると皆を見渡した。


「私は、これからお父様にヒルダ様を助けるようにお願いしてきます。キースはリノアと一緒にヒルダ様のご実家、ユリアンダルス家へ。ユリアンダルス男爵様に、リノアの言葉を魔法で届けるのです」


 そう指示を出すや否や駆け出そうとする。


「待ってレイラ! 私達は!?」


「……二人は待機です。もし、私の予想が当たっていれば、相手は貴族です。下手に動いてはいけません!」


 レイラはそう言い残し、駆けて行ってしまった。


『ではリノア嬢。私達も早くユリアンダルス家へ』

「はい!」


 リノアとキースもこの場を去る。残されたのはアリア、ルサルカ、我であった。


「……あたし、イノリス連れてくる!」


 ルサルカが学院へと駆けだす。これで残されたのはアリアと我だけだ。アリアは俯いている。


「どうすればいいのよ……」


 アリアが力なく砕けるように座り込んでしまう。この声はひどく歪み、震えていた。ヒルダが攫われた憤り、ヒルダの安否への不安、なにもできない自分への不満や無力感で泣きそうほど震えているのだろう。いや、もしかしたら泣いているのかもしれない。アリアは俯いて、うずくまったままだ。


「ヒルダを助けたいか?」


 答えは分かりきっているが、我はアリアに問うてみた。アリアの覚悟の程を知りたかったからだ。我も長いことアリアと生活してきた。人間社会のことを少しは理解したつもりだ。レイラは相手が貴族かもしれないと言っていた。ならば、相応の覚悟が必要だ。

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