第50話 食べちゃいたい

 今日は午後から使い魔の授業がある。我らは昼食を食べ終えてからグラウンドに来ていた。我はこの使い魔の授業というのが苦手だ。というよりも、授業でやらされる模擬戦が嫌いだ。普通、戦いとなれば血沸き肉躍るのだが、これまで模擬戦で散々負け続けてきて、自分の弱さ、猫という種族の弱さをまざまざと見せつけられるようで、すっかり嫌いになってしまった。


「よし、全員いるな。これより授業を開始する」

「はぁ……」


 いよいよ授業か。憂鬱だな。


「今回も模擬戦をしてもらう。最初は、マドドナ君とルーデルチ君だ」

「「はい」」


 レイラとルサルカが元気よく返事をし、生徒の前に出ていく。キースとイノリスの使い魔も一緒に前に出た。キース対イノリスか、面白い組み合わせとなったな。順当に行けば、イノリスの勝利だが、キースは飛べる。流石のイノリスも飛んでいるキースに攻撃は届くまい。では、キースの勝ちかというと、それも難しい。キースは我と同じで、攻撃手段を持っていないのだ。


「それでは位置について」


 レイラとルサルカが距離を取り対峙する。


「それでは……始め!」


 先生の宣言と共に、遂に戦いの幕が切って落とされる。


 開始直後、イノリスが動く。巨体とは思えぬ、離れて見ているのに、目で追うのがやっとのスピードだ。イノリスの魔法は身体能力強化らしい。あの異様な素早さは魔法で強化されたものだろう。キースまで後少しという所で、イノリスの歩調が乱れ、急制動を掛けると、見当違いの所を爪で薙ぎ払った。まるで、突如としてキースの居場所を見失ったかのような動きだ。恐らく、キースが魔法を使ったのだろう。キースの魔法は知覚共有。無理やりイノリスの目に自分の視界を映し、イノリスを混乱させたのだろう。我もやられたことがあるが、突然視界が二重にブレ、なにがなんだか分からなくなってしまうのだ。


 イノリスが混乱している隙をついて、キースが空高く舞い上がった。こうなっては遠距離攻撃の無いイノリスには手が出せない。もうキースを脅かす者は居ないと思われたが、キースが突然失速し高度が下がる。なぜ高度を下げるのだろうか? と思った瞬間、キースの頭上すれすれを炎の玉の群れが過ぎ去っていく。ルサルカの魔術だ。キースはルサルカの魔術を避けるために高度を下げたらしい。


 しかし、高度を下げたのは失敗だったかもしれない。キースの下ではイノリスがキースに跳び掛かろうと、身体をバネのようにして力を貯めている。普通なら届きそうにない高度だが、身体能力を強化したイノリスならばあるいは……。


「イノリス!避けてッ!」


 突然、グラウンドにルサルカの声が響き渡る。その声に弾かれるようにして、イノリスが横っ跳びをした。イノリスが横に跳んだ瞬間、先程までイノリスの居た場所を氷の槍が高速で飛び抜けていく。レイラの魔術だ。イノリスは危なかったな。あのままキース目掛けて跳んでいたら、逃げ場のない空中で氷の槍に襲われていただろう。イノリスもレイラを脅威と見たのか、キースからレイラに視線を移した。その隙に、キースが上昇し、高度を回復した。


 その後は、レイラとルサルカの魔術を、キースとイノリスがそれぞれ避けるだけの展開になった。避けることに専念した使い魔に魔術は当たらなかった。そのまま進展なく時間となり、模擬戦は終了。結果は両者引き分けとなった。


「「おぉー……」」


 生徒たちがどよめいている。これまで全戦連勝中のイノリスに、ついに引き分ける者が現れたのだ。しかも、その相手が攻撃手段を持たないキースとなれば、騒ぐのも無理はあるまい。




 その後も模擬戦が続いていき……。


「次は……ハーシェ君とバタリラ君」

「「はい」」


 ついに我の出番か……。あまり気が乗らないな。アリアに続いて生徒たちの前に出る。位置につき、対戦相手を見ると、透明なガラスで作られた鉢に入った魚が相手だった。魚は全体的に赤色で、身体よりも大きなヒレや尾を持ち、その先端が白みがかっている。大きなヒレや尾が緩やかに靡く様子は柔らかで美しい印象を受ける。食べちゃいたい。


 魚は大きなヒレや尾を取ってしまえば、我の手の肉球程の大きさしかないような小ささだ。これならば我が猫パンチを当てれば勝てるかもしれない。しかも、魚は鉢の中から動けないだろう。もう、追い詰めたも同然だ。模擬戦開始と同時に距離を詰めてパンチしてやる。


「いくわよ、クロ」

「あぁ」


 久しぶりの勝てそうな相手に、闘志が沸き上がってくるのを感じた。


「両者準備はいいか? では、始め!」


 開始と同時に、我は魚目掛けて駆け出す。彼我の距離はあっと言う間に縮まり、あと二歩で鉢に到達するという所で、鉢から水が飛沫を上げ、噴出した。鉢まであと一歩、我は水の飛沫がかかる中を、鉢目掛けて飛びかかる。幸い、濡れた所が痛むことは無い。ただの水だ。濡れるのは嫌だが、勝利が欲しい。


 鉢から噴出した水が、跳ねるような軌道を描き、鉢の後方へと流れる。その流れの中を、魚が泳いでいくのを目撃した。コイツ、鉢の中から出やがった!?


 我は魚に届けと腕を伸ばしてパンチする。我の爪は水の柱にブチ当たり、勢いを削がれながらも、魚へと迫る。だが、わずかに届かない。我が引っ掻いたのは水だけだった。


 水の流れに乗り、魚が後方へと下がる。そこで新たな水の柱を生み出し、またそれに乗って移動する。水がこんな風に動くわけが無い。これが魚の魔法か。魚は水の柱を幾本も生み出すと、我に叩きつけるように繰り出してきた。まるで水の鞭だ。


 我は着地すると同時に横に跳び、後ろに下がり、飛び跳ねて、なんとか水の鞭を回避していく。防戦一方だ。なにか流れを変える一手が欲しい。


「クロ、いくわよ! 影弾、十連射ッ!」


 アリアだ。アリアが影弾の魔術を使用する。アリアの拳ほどの影が十個、我を飛び越え、魚へと迫る。今だ、実体化!


 我は影の実体化の魔法を使い、影に実体を持たせる。これで、ただの影は高速で飛来する質量弾に早変わりだ。黒い礫十発が魚を襲う。しかし、魚は水流の流れる向きを変えると、礫の群れをヒラリと回避してしまう。


「ちゃんと狙え!」

「うっさいわね! 見てなさい。次こそ当てるから!」

「次なんて無いわ」


 魚の使い魔の主が発した声に、体がビクリと震える。しまった、主の方はノーマークだった。魚の使い魔の主から、水の槍が二本発射される。我は水の鞭を躱す為に跳んでおり、身動きが取れない。このままでは着地と同時に被弾してしまう。着地狩りだ。我は懸命に右腕を地面に伸ばす。体全体の着地など待っていられない。なんとか右腕一本で着地し、もう一度跳ばなければ。


 我は、右手が地に着いた瞬間、あらん限りの力を右腕に込める。右腕に勢いの付いた全体重が掛かる。右肩にズシリとした衝撃が走り、右手首が限界を越えて曲がり、悲鳴を上げている。右肩が鈍く疼き、右手首に鋭い痛みが走る。だが、その甲斐あって、水の槍からわずかに逸れた。これで回避できるはずだ……!


 その時、我の目の前で、水の槍が突如として広がり、その面積を広げる。これは……ッ!?


 我はバシャンという音と、全身を殴られたような感覚を最後に、意識が途絶えた。

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