第51話 ……ッ!?

 ハッと驚きと共に目を覚ます。我が警戒も忘れ眠りこけるなど異常事態だ。急いで周囲を確認する。


「痛たたた!?」


 慌てて体を起こそうするが、全身が鈍い痛みを上げ、痛みにビックリして、中途半端な姿勢で動きが止まってしまった。痛みは我慢できない程ではない。我は痛みを我慢して上体を起こし、周囲を確認する。


 ここはアリアの部屋のようだ。我はベッドの上で寝ていたらしい。周囲に人の気配はない。窓から見える景色は暗く、もう日が沈んだ後だと教えてくれる。しかし、なぜ体が痛いんだ? 我は眠る前の記憶を呼び覚ます。


 たしか、我は……授業で模擬戦をしていたはずだ。相手は小さな魚。先手は我が取ったが、魚に爪が届かず、魚の反撃の水の魔法に逃げ惑い、アリアが影弾の魔術を外して、魚の主の水槍の魔術を……そうだ、避けたと思ったら水の槍が広がって……その後の記憶がない。おそらく、水の槍に被弾したのだろう。それで全身が痛むのか。


 我が気を失った以上、模擬戦は負けだろう。また負けたのか。それも、あんな小さな魚に。その事実と、全身を蝕む鈍い痛みが我を苛立たせる。


「はぁ……」


 ため息と共に体の力を抜き、ベッドに倒れこむ。ついでにこの苛立ちも抜けてしまえば良いのだがなぁ。


「はぁー……」


 苛立ちを吐き出すように長めにため息を吐く。少しは落ち着いたか? まぁ気休めにはなったのだろう。少し思考がクリアになる。クリアになった思考が、廊下を歩く足音を感知した。この音の感じ……足音の主はアリアだろうか? 足音はこの部屋の前で止まり、やや時間があって扉が開く。


「クロー、起きてる?」


 いつもより声量を抑えた、囁くような声と共にアリアが部屋の中に入ってくる。その手には二つの器が握られている。たぶん我の夕食だろう。もう日も暮れている。夕食の時間のはずだ。


「なんだ起きてるじゃない。どう体調は?」

「動くと体中痛いが、我慢できない程ではない」

「そう……。一応お医者さんにも診てもらったけど、大したことないって。後でちゃんとリノアにお礼も言っておくのよ」

「そうか。医者は分かるが、なぜリノアの名前が挙がるんだ?」


 何か世話になったのだろうか?


「リノアの魔法はね、回復魔法なのよ!」


 アリアが興奮したように教えてくれる。なんと、リノアの魔法は、体の傷を癒すことができるらしい。それを我に施してくれたようだ。


「未だに魔術では再現できない貴重な魔法よ! リノアってすごい子だったのね!」


 でも、まだ体中が痛いのだが……リノアの魔法を受けてこれだろ? 受ける前はどれほど酷い状態だったんだ……。ゾッとするな。


「はい、これご飯。お腹空いてるでしょ?」


 そう言ってアリアがベッドの傍の床に器を置く。器の中には肉とチーズが一欠けら入っていた。いつもは肉だけなのだが、今日はチーズもあるらしい。見ていると腹が減ってきた。


 我は上体を起こす。やはり動くと鈍く体が痛む。動くのだるいな。亀のように首が伸びれば、このまま動かずに飯が食べれるのに。そんな埒もないことを考えながら、動く気にもなれず飯を見ていると、飯に影が差した。


「……ッ!?」


 最初はアリアの影かと思ったが、違う。影は我から伸びている。我の首の部分の影が普通では考えられないほど伸び、食事へと届いていた。


「クロ、これって!?」

「あぁ」


 こんな不思議な現象、魔法以外考えられない。魔法を使った感覚は無かったのだが……無意識に使ったのだろうか?


「これは……影の形を変える魔法? クロ、もう一度動かしてみて」


 影に動けと念じる。コツは要るが、影は我の意のままに前後上下左右、何処へでも動いた。長さも大きさも自由自在だ。


「これって、実体化した影も操れるのかしら? 試してみて」


 アリアの指示通り、影を実体化し、動けと念じる。実体化した影は、思った通りに形を変えた。これ、かなり画期的な魔法ではないか? 試しに実体化した影を操り、アリアを小突いてみる。


「ちょ、ちょっと! 止めなさい!」


 次に、アリアに実体化した影を巻き付け、上に持ち上げてみる。


「きゃっ!? こらクロ! 離しなさい! 離して!」


 我はアリアをそっと降ろし、拘束を解いた。


「はぁ……怖かった……。クロ! あなた私に不満でもあるわけ!?」


 アリアがなにか騒いでいるが、我はそれよりもこの魔法の汎用性の高さに感動していた。実体化の魔法と併用することで、かなり自由度高く現実に干渉できる。


 ビュンッ!


 影はかなりの速度で動かすこともできる。この魔法は攻撃にも転用できそうだ。響いた風を切る音にアリアがビクッとしている。


「アリア! この魔法すごいぞ!」

「そうね……」


 騒いでいたアリアが、いつの間にか俯き気味で手を口に当てて考え込んでいる。


「実体化の魔法を使うことで、実体化した影を操る。私を持ち上げるくらいだもの、力はあるみたいね……」


 アリアが実体化した影を手の甲でノックするように叩く。


「影の強度も十分……。これ、攻撃にも防御にも使えるんじゃないかしら。ううん、それだけじゃない。もっと色んなことにも使えるわね。私たちに不足していたものを一気に補えるかも……! クロ、これすごい魔法よ!」


 アリアにもすごい魔法に見えるらしい。この魔法は期待できるな。


「さっそくいろいろ試してみましょ!」


 その言葉に我はうんざりする。我も新しい魔法がどんな性能なのか気になるから、付き合いはするが……。アリアの場合は細かいところまで延々と試していくからなぁ……。はっきり言えば、かなり面倒な作業だ。


「そうねぇ……まずは、自分以外の影も操れるのか試してみましょ」


 アリアがウキウキと指示を出す。まったく……何が楽しいのだか。はぁ……。

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