第59話 悪辣なことを考えるものだ
「まずは、わたくしから良いかしら? 皆さん、此度はわたくしの危機にお力をお貸しいただき、助かりました。おかげでわたくしの貞操は守られ、ユリアンダルス家の名誉も守られました」
ヒルダが頭を下げて皆に感謝を述べる。貴族が平民に頭を下げる。その意味はとても大きいだろう。ここは学院の中庭、いつもイノリスが昼寝している場所で、四人の少女が顔を突き合わせていた。それぞれの使い魔も同席している。
「頭をお上げください、ヒルダ様。お友だちの危機ですもの、私たちは当然のことをしたまでです。ねぇ? アリア、ルサルカ?」
アリアとルサルカがオロオロとする中、レイラが応えた。
「そうよ。ヒルダ様はお友だちだもの」
「うんうん!」
「皆さん……ありがとうございます」
ヒルダが目に涙を浮かべて感激しながら、もう一度軽く頭を下げた。
「そ、それで結局どうなったの?」
ヒルダに感謝されて照れているのか、貴族に頭を下げられて落ち着かないのか、アリアが話題をずらした。
「そうでしたね。皆さんにはちゃんと知らせておいた方が良いでしょう。まずは、今回の騒動ですが、わたくしのお父様、いいえ、もう父とは呼びたくありませんね。ガルシアという男とパルデモン侯爵が今回の騒動の原因です。ガルシアがパルデモン侯爵に昇進と金銭の援助を条件にわたくしを売り渡したのです。ユリアンダルス男爵であるお母様に内緒で」
「そんな……」
「ひどい……」
自らの為に子を売るのか。人間とはなんと欲深い生き物なのだろう。怖気がする。子は宝だというのに。
「そして、ガルシアに言い含められた御者が、パルデモン侯爵邸へとわたくしを運びました。わたくしはとっさにリノアを逃がすことはできましたが、その後はパルデモン侯爵邸の衛兵に拘束されてしまったのです。その後は皆さんも知っての通りですね。皆さんのおかげで、なんとか侯爵の手から逃れることができました」
問題はその後だ。貴族に逆らったアリア達、平民の扱いが気になる。
「お母様はガルシアと離縁。パルデモン侯爵家に抗議をし、パルデモン侯爵の悪行を広めたのですけど、なかなか広まらず……。そんな時、突然ユーティティアス侯爵様がお母様の話を聞いて下さり、パルデモン侯爵を非難したのです。そこからは一気に形勢が逆転いたしました」
そこでヒルダがレイラへと視線を向ける。
「レイラさんのおかげなのでしょう? ありがとうございました。お母様も感謝していましたよ」
「そんな、恐れ多いことです。私はただお父様に泣きついただけで……あとはお父様が動いてくれました」
「レイラさんの行動があればこそですわ。おかげで助かりました」
「それで、結局アリア達の身柄はどうなるのだ?」
我はじれったくなって訊いてしまった。キースの魔法のおかげで、我の声は人間にも届く。
「そうですね。クロちゃんの言う通り、その話もしないといけません。結論から言うと、アリアとルサルカの罪は不問になりそうですよ」
不問とは驚いた。いったいどんな手品を使ったのだろう?
「クロちゃんが長時間パルデモン侯爵を隔離していたことが大きいです。侯爵と意思疎通が取れず、パルデモン侯爵家は動けずにいたのです。おかげで、私達が先手を取って色々と有利な噂を流すことができました」
我にそんなつもりは無く、ただ拘束を解くのを忘れていただけなのだが、思わぬところで役に立ったらしい。
「その中の噂の一つに、学院の学生がパルデモン侯爵邸攻略してパルデモン侯爵を倒したというものがあります。アリアとルサルカのことですね」
「攻略って……」
そんなことすれば、報復が……。
「それと同時に、自分の屋敷も、自分の身すら守れない者に国が守れるのか、という噂も流しました」
ほう?
「パルデモン侯爵は第一陸軍卿という軍部の重鎮なのですけど、今の地位を得るために相当無理をしたようで、政敵がたくさん居るのです。今回はその方たちに手伝っていただきました。パルデモン侯爵がアリア達を罰しようとすれば、自分が学生に敗れたと認めるようなものです。今の地位は保てないでしょう。おそらくこれで、アリアとルサルカに手は出せないと思います」
随分と悪辣なことを考えるものだ。アリア達を罰することで、自分の首も絞めるように持っていくとは。
「不安材料も消えましたし、この学院の中は安全だと思いますわ」
ヒルダの言葉に、我は疑問が浮かぶ。不安材料?
「ヒルダ、不安材料とは何だ?」
「あなたまたヒルダ様を呼び捨てにして!」
アリアが怒っているが、我は無視した。ヒルダの顔には不快な感情は浮かんでいないからだ。
「構いませんわ。本当は、貴女たちにも“ヒルダ”と呼び捨ててほしいくらいなのですけれど……」
「それは……恐れ多いです……」
ヒルダの言葉に、アリアは困ったような表情を浮かべて、首を横に振ってみせる。本人が許可しているのだから、遠慮なく呼べばいいのに。人間の階級というのは、面倒だな。
「それで、不安材料とは何なのだ?」
改めて問うた我に、ヒルダが口を開く。
「学院長であるマヌーケデップ子爵のことですわ。彼はパルデモン侯爵が強硬に推して学院長の座に就いた、パルデモン派閥の貴族ですの」
「ふむ……」
厄介だな。学院の長が敵方とは……。学院内での安全を確保する必要が……いや、待てよ。我はヒルダの言葉を思い返す。
「不安材料は消えたと言っていたな。そのマヌーケデップという奴はどうなったのだ?」
「免職ですわ。元々、無理のある人事でしたし、反発が大きかったですから。マヌーケデップ子爵は、学院長の座に固執したようですが、パルデモン侯爵が己の保身のために切り捨てた形ですわ」
「ふむ……」
ヒルダの言葉が確かなら、マヌーケデップとパルデモンの関係に亀裂が走ってもおかしくはないな。
「ですけど、パルデモン侯爵は相当恨んでいるようで……学院の中に居れば大丈夫だと思いますけど、二人とも身の回りには注意してくださいね」
「お貴族様に恨まれるなんて怖いわね……。やっぱり、暗殺とかあるの……?」
不安そうな顔を浮かべるアリア、ルサルカに、二人を安心させるようにか、レイラが微笑みを浮かべて口を開く。
「この学院は国王陛下の作られたものなので、学院の中での犯罪は陛下の顔に泥を塗ることになります。ですから、学院の中は安全だと思います」
「そうですわね。なので、わたくしも寮に入ろうかと思いますわ」
「えっ!? ヒルダ様が寮に!?」
アリアが驚きの声を上げるが、よく考えてみれば、なにも不自然なことではない。おそらくヒルダの母は、自分の屋敷よりも学院の寮の方が安全だと判断したのだろう。
「しばらくは大人しくしてた方が良い?」
首を傾げて問うルサルカに、レイラが口を開く。
「むしろ、逆かもしれません。今、パルデモン侯爵家は噂の火消しで忙殺されているので、動くなら今ですね」
「じゃあ、アリア」
「えぇ、たぶん同じこと思ってるわ」
「「買い物に行きたい!」」
アリアとルサルカが声をそろえて言い出す。お前ら、本当に狙われている自覚はあるのか?
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