第20話 ぷにぷにで温かくて気持ちが良い
テストから数日。我の魔法の練習は、多少内容を変えつつ続いていた。
「いい? クロ。あなたにはまだ影の実体化以外にも使える魔法があるはずよ。魔法にはイメージが大切なの。影の実体化とは違うイメージで魔法使ってみて」
「そうは言うがな、アリア。具体的に何を思い浮かべればいいのだ?」
「うーん……それは分からないけど……。使い魔の魔法ってね、同じ系統の魔法が複数使えるのが一般的なのよ。あなたの場合、影の魔法か実体化の魔法ね」
相変わらず具体性がないな。どうしろというのだ。
我も新しい魔法を覚えるのには賛成だ。影の実体化の魔法は使い勝手が悪すぎる。もっと便利な、できれば強い魔法が欲しいところだ。しかし強い魔法のイメージか……。思い出すのはワイバーンに勝ったあのネズミの使っていた魔法だ。ネズミの魔法は攻防に隙が無いように思える。できればあのような魔法を習得したいのだが……。
「これならどうだ?」
我は魔法を行使する。イメージはネズミの使っていた土の壁だ。それを空気の実体化で再現しようと考えた。これなら空気があればいつでも盾が作れる。攻撃には使えそうにないが、まずは防御だ。生き残ることが大切なのだ。
我は期待を込めて目の前の空気に触れてみる。しかし、そこにはなにも無かった。我の手が空を切る。失敗か。
「どう?」
アリアが期待を込めた眼差しで見てくる。そんな目で見られてもな。
「失敗だ。空気の実体化で壁を作ろうと思ったのだが……」
「また? あなたも飽きないわね。空気の実体化は諦めた方がいいんじゃない?」
「うーむ……。だが、実用化できれば、かなり有効なのだ」
もう一度魔法を試そうと思ったところで、我は自分の中の魔力が少なくなってることに気が付いた。
「アリア、もう魔力が無い」
「また? 供給するけど……あなたって自分で魔力を体に取り込めないのかしら? 私が供給した分しかないじゃない。稀に魔力の値が0の人も居るって聞いたことあるけど、あなたはそれかもね」
アリアが膝を着いて、我の背中に手を置いて、我に魔力を供給し始める。アリアの手から、温かいなにかが体の中に流れ込んできた。
魔法を使うようになって気が付いたが、我は自力では魔力を身体に取り込めないらしい。アリア曰く“供給口”魔力を身体に取り込む力が0ではないかということだった。なので、我が魔法を使うには、アリアに魔力を供給してもらう必要がある。
「よし、これくらいでいいでしょ。丁度キリもいいし、ご飯にしましょう」
「うむ」
ふぅ。やっと練習から解放された。放課後から食事の時間まで休み無しだ。今はテストが終わったばかり、次のテストまで時間があるのだから、もっとスローペースでもいいと思うのだが……。
まぁ、我も早く新しい魔法を習得したいので、アリアに促されるまま練習しているが……こうも失敗ばかりだと嫌になってくる。これで食事が終われば、また魔法の練習だ。気分が重たくなってくるな。
◇
「猫ちゃんおいでー」
いつものように食事を終え、周囲を警戒しながらアリアたちを待っていたら、レイラに呼ばれた。何か用なのだろうか? とりあえず近づくと、ひょいっと抱き上げられ、そのまま抱っこされてしまった。どうもレイラは猫が好きらしく、我にもたまにじゃれついてくる。
「今日も魔法の練習頑張ったのね。えらいえらい」
レイラに頭を撫でられる。まぁ、褒められるのは悪い気はしない。実際頑張ってるしな。それにレイラはふにふにと柔らかくて温かく、抱っこされると気持ちがいい。肉球をぷにぷにとマッサージしてくれるのもポイント高い。
「魔法の練習も大切ですけど、次のテストまで時間はありますし、もうちょっと、ゆっくりしても良いのではないですか? 猫ちゃんも疲れてるみたいですし……」
いいぞレイラ。もっとアリアに言ってやってくれ。
「そうしたのは山々だけど、前回ギリギリだったからね。今度は余裕を持ちたいのよ。新しい魔法を覚えるのにどれくらいかかるか分からないしね。クロには悪いけど、頑張ってほしいわ。私も新しい魔術覚えるから」
レイラの言葉でも、アリアの意思を変えるのは無理らしいな。この分だと、食事の後も魔法の練習がありそうだ。はぁ……。
「そうですか。アリアも頑張ってますし、猫ちゃんも頑張りましょうねー」
レイラもアリアの言葉に納得してしまった。レイラが、こちらのご機嫌を取るように我の顎の下を撫でる。こいつ上手いな。思わずゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。レイラは猫が好きというだけあって、猫の触り方が上手い。
「クロそんなに気持ちいいの?」
我が喉を鳴らすのが珍しいのか、アリアが尋ねてくる。
「あぁ、コイツ触り方が上手い。ぷにぷにで温かくて気持ちいいしな」
「もう、また女の子にそんなこと言って」
「猫ちゃんがどうかしたんですか?」
「クロに言わせると、私もレイラもぷにぷになんですって」
「まぁひどい」
レイラの両手が我の顔を左右から挟むと優しくぐりぐりと動かした。我の顔がむにゅっと潰れ、むにむにと動かされる。普通、ここまで好きにされれば怒れてくるのだが、優しい手つきのせいか反抗する気が失せてくる。やはり、コイツの触り方は上手い。
「ふふっ、面白い顔してるわよクロ」
「私たちをぷにぷにだなんて言った罰です」
我としては褒めたつもりなのだがな。人間はよく分からん。まぁ、アリアもレイラも本気で怒ってるわけではなさそうだ。声には笑いがあるし、レイラの手つきも優しいままだ。
「ねぇレイラ、私にも猫の触り方教えてくれる?」
「えぇ、いいですよ。と言っても、なにか決まりや作法があるわけじゃありませんけど」
アリアがレイラの隣に座り、二人して我を触ったり撫でたりしてくる。
「撫でる時は、毛並みには逆らわない方がいいです。後はココとかココ、触られると喜ぶ猫ちゃんは多いですよ」
「なるほど。こうかしら?」
アリアもなかなか上手いではないか。
「ふふっ。クロ、喉鳴らしてる」
我はその後もしばらく二人の少女にもみくちゃにされた。魔法がうまくいかず、ささくれ立っていた心が解れていくような気がした。二人のおかげで、また魔法の練習を頑張れそうだ。
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