第26話 ボスか?

「あぁああああああああああああ! どうしよう、どうしたらいいの?!」


 女子寮の自室に入るなり、アリアが頭を抱えて唸り始めた。


「どうしたのだアリア?」

「どうしたもこうしたも、ヒルダ様のことよ! そういえば、あなたヒルダ様の使い魔といつの間に仲良くなったのよ?」

「リノアのことか、割と最近だぞ。イノリスを紹介してやったんだ。」

「へぇーイノリスを。リノアって子度胸あるわね」

 

 アリアが感心したように声を上げる。


「いや、最初は嫌がってたから無理やり会わせた」

「あなた、ひどいことするわね……」


 アリアの目線が冷たいものを帯びる。嫌がる我を無理やりイノリスの前に押しやった奴の目線とは思えんな。この件については我を責める資格はないぞ、アリアよ。


「だが、そのおかげで今ではリノアとイノリスは仲良しだ。イノリスは良い奴だが、あの見た目だ。我は二匹の仲を取り持ってやったにすぎない」

「そうかもしれないけど……。リノアって名前からして女の子でしょ? 優しくしてあげなさい」


 そう言って、アリアがなにかに気づいたように考え込む。


「もしかして、それが原因? 使い魔がいじめられた仕返しってこと? ……でもヒルダ様には嫌なものは感じなかったし……困ってるのは本当っぽかったし……もう! 分かんないわね!」


 アリアがなにか苛立っている。言葉を拾っていくと、どうもヒルダが原因のようだが……。


「アリアはヒルダのことが嫌いなのか?」

「嫌いじゃないわよ。でも、緊張しちゃうの。相手はお貴族様だもの」

「なんだそれは?」


 アリアが腕を組んで考え込んでしまった。そんなに難しいことなのか?


「うーん……なんて言えば猫に伝わるのかしら。難しいわね。猫って階級とかってあるの?」

「あるにはあるな。どちらが上かは見ればだいたい分かる。同じくらいの時はケンカで決めたりする」

「そんな感じかぁ……」


 アリアが更に悩んでしまった。しかし、階級か。そんな言葉が出てくるということは、やはりヒルダはアリアより強いのだろうか?


「強いのか?」

「強いと言えば強いわね。でもそれだけじゃなくて、偉いかも」


 強くて偉いか、それは……。


「ボスか?」

「ボス? 猫ってそんなの居るんだ。でも、ボスが分かりやすいかしら。」

「アリアはボスの座は狙わないのか? 我が見たところ、ヒルダとはそんなに力の差はないだろう?」

「はぁ、ヒルダ様を倒してもボスにはなれないわよ。人間のボスってそんなに簡単にはなれないの。ボスの上には王様ってボスの親玉がいて、王様に認められないとボスになれないの。王様に認めてもらう条件とかになると、私にも分からないくらい複雑怪奇なのよ」


 人間のアリアにも分からない制度って……。それは制度として機能しているのだろうか? 


 しかし、ボスの親玉、王様か。人間にはそんな存在がいるのか。王様。猫の世界にはない存在だ。


「…ロ…クロ?ねぇクロ聞いてる?」


 アリアが我の前で手を振っている。どうやら、ぼうっとしていたみたいだ。


「聞いている」

「じゃあいいけど。とにかく、ヒルダ様とリノアには粗相しちゃダメよ?」

「分かった、気を付ける」

「ほんとーに! 頼むわよ」


 すごい念の押しようだ。ほとんど睨み付けるような顔で注意してくる。そんなに睨まなくても、我は粗相などしない。心配なのはむしろ……。


「そう言うアリアは大丈夫か? 先程は緊張でガチガチだったが……」

「そこなのよねー……」


 アリアが頭を抱えてベッドにダイブすると、足をバタバタと動かし始めた。なんだそれは? 打ち上がった魚のマネか?


「あぁぁああぁあどうしよう! 私、お貴族様の礼儀作法とか知らないよー! 今からレイラに習う? ヒルダ様と話してる時も割と平気そうだったし。そうね、粗相してからじゃ遅いものね。まだ時間は早いはずだし、行くしかないわ!」


 アリアがガバッと起き上がった。今日のアリアはなんだか忙しないな。


「クロ、行くわよ!」

「レイラの所か? なぜ我も一緒にいくのだ?」

「あなたにも礼儀が必要でしょ? 粗相しないために」


 アリアが反論許さず、我を抱えて部屋を出る。やれやれ、人間の礼儀を猫が覚えたところでどうなるというのか。



 ◇



 我はアリアに抱えられたまま、レイラの部屋にやってきた。レイラは快く我らを部屋に招いてくれたが、部屋の中を見て、我は驚いてしまった。なんと言えばいいのか、物が多くてゴテゴテしている。机とベットとクローゼットしかないアリアの部屋と比べると、全く違う。色はピンクや赤、白に統一され、所々にリボンやレースの飾りが垣間見える。全体的に丸っこい優美な印象を受ける部屋だった。


「相変わらず素敵な部屋ね」

「ありがとう。お母様の趣味なの。私にはちょっと少女趣味に過ぎるように思えてしまって……。さぁ、掛けてください」


 レイラの勧めで、アリアが椅子に腰掛けた。我はまだアリアに抱えられたままだ。アリアの太腿に座る形になった。


「話というのは、ヒルダ様のことかしら?」

「やっぱり気が付いていた? 私どうしても緊張してしまうの。このままだと絶対なにか粗相をしてしまうわ。だからレイラに礼儀作法を教えてもらおうと思って……」

「その心がけは大切ですけど、ヒルダ様に限っては大丈夫だと思いますよ」

「どうして? 相手はお貴族様よ」


 アリアが身体を前に傾けレイラに問いかける。当然、我の身体もアリアの腹に押されて前に折れ曲がった。むぎゅー。


「貴族という色眼鏡を外せば分かるのですけど、ヒルダ様は私たち三人と仲良くなりたいと本気で願っています。だから、愛称での呼び方を許してくれたのですよ」

「そうなの?」

「えぇ。普通はあり得ないことです。それに、ヒルダ様を舐めてはいけません」

「私はべつに舐めてなんか……」

「ヒルダ様はこの2年間、私達と一緒に生活しています。平民の中に貴族がたった一人で、です。平民のこともよくご存じでしょう。普段のアリアの態度なんて、もうとっくに知っていますよ」

「あっ!」

「だから、普段通りのアリアでいいのですよ。無理に繕わなくても大丈夫です」

「そうなんだ……」


 アリアは納得したようだが、普段のアリアの態度が無礼という可能性はないのだろうか? まぁ、下手に口を挟んだら我まで礼儀作法を習う羽目になりそうだから言わんが。


「はぁ……。レイラに相談してよかった。心が軽くなったわ」

「お役に立てたようなら、嬉しいです」


 テーブルの向こうで、レイラがにっこり笑う。


「でも、なんでヒルダ様は平民クラスにいるのかしら? お貴族様なのよね?」

「アリア、正確には特待生クラスですよ。確かに平民の方がほとんどですので、そう呼ばれることはありますけど……」

「あー……。確かそうだったわね。忘れていたわ」

「もう、アリアったら」

「ははは……。そういえば……」


 二人がお話に花を咲かせている。コイツら、いつも話しているのによく話題が尽きないものだな。長くなりそうだし、寝てしまおう。用件はもう済んだし、構わないだろう。我は二人の少女の声を子守歌に眠りの世界へ旅立った。

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