第30話 さっそくいただこう

「ここが商店街かしら?」

「そうではないですか? 左右にお店が並んでいますし」

「ここで間違いないみたいだよ!」


 近くの人に話を聞いていたルサルカが答える。ここが商店街か。大通りのキッチリした印象に対し、少々猥雑な印象を受ける場所だった。だが、その分活気がある。店の中から客を呼び込む声が絶えず聞こえ、賑やかだ。


「大通りのお店に比べるとずいぶん安いですね。この辺りで買い物しましょう」


 近くのお店を覗いていたヒルダが宣言する。やっとヒルダたちの満足する店が見つかったらしい。


「パン屋さんだって。パンは必要でしょ?」

「長持ちするパンがあれば良いですけど、出発の日の朝に買った方が良いのではないですか?」

「それもそうね。じゃあ干し肉とか?」

「そうですね。丁度お肉屋さんもありますし、覗いてみましょう」


 アリア達が肉屋に入っていく。なんとも濃い血の臭いがする店だ。いったいどれほどの数の命を奪えばこんな臭いになるのだろう。我でも腰が引けるような場所なのに、アリアたちは戸惑わず入っていく。怖いもの知らずかアイツ等。


「おじさーん、干し肉ってある?」

「っ!? ここは生肉しか無いだす」

「そんなに驚かなくても、あたしはお貴族様じゃないよ。干し肉が欲しいんだけど、どこで売ってるか知ってる?」

「本当か? なんでぇ、脅かすなよ。干し肉なら乾物屋だ。出て左に行くとある」

「ありがとー」


 どうやらここには無かったようだ。アリアたちに続いて店を出る。こんな物騒な場所には長居したくはないからな。


「なんか制服着てるとお貴族様と勘違いされるんだよねー」

「生徒の大半は貴族の方ですし、そう思われても仕方ありませんよ」

「あっ! あれじゃない? さっき言ってた店」


 アリアが目的地を見つけたようだ。近づいていくと、なんだか独特な匂いがする。煙の匂いだろうか? 後は微かに乾燥した魚の匂いがする。腹が減るな。アリアたちに続いて、匂いに釣られて店の中に入っていく。魚の匂いは……こっちか。台の上に飛び乗ると、干からびた小魚がたくさんあった。さっそくいただこう。


「こらクロ! 何やってるの!」


 あと少しという所でアリアに抱き抱え上げられてしまった。


「離せアリア。我は腹が減った」

「お昼まで我慢しなさい。お店の物を勝手に食べちゃダメなのよ」


 そうは言うが、こんなにたくさんあるのだ。少しぐらい食ってもいいだろ。それに取られる方が悪いのだ。こんなところに置いている方が悪い。


 アリアの手から逃れようとするが、アリアの手は我を離しはしなかった。絶対に離さないという硬い意思を感じる。


「ごめんなさい。私、クロと一緒に店の外に出てる。買い物、お願いしてもいい?」

「分かりました。リノアは……はぁ、リノアも出ていきなさい。アリアさん、リノアのこと頼んでもよろしくて?」

「分かりました」


 見るとリノアも乾燥した魚に興味津々だ。まだ手は付けていないようだが。我に注目が集まってる間に食べてしまえばよかったのに、どんくさい奴だ。


 アリアに抱えられたまま店の外に出る。外に出てもアリアは我を離そうとはしなかった。


「そろそろ離してもよいのではないか?」


 胸の辺りをきつく腕で絞められてちょっと痛い。それに、びよーんと体が伸びるし、足が地面に着いていないのは落ち着かない。


「ダメよ。いい? お店の物を勝手に食べちゃダメなの。食べるにはお金を払わないといけないのよ」

「そのお金というのは何だ?」

「そこからかー……。そうよね、猫ってお金使わないものね。何て言えばいいのかしら? ……お金っていうのは、ご飯とか、いろんなものと交換できる引換券のようなもの……かしら? お店でお金と交換してご飯をもらうのよ」


 面倒だな。そこにあるのだから、それを食べさせてくれればいいではないか。それに……。


「我はお金なんて持っていないぞ。我は食べることはできないのか?」


 それならば、やはり盗るしかないではないか。幸い、無警戒にポンッと置かれていた。盗るのに苦労はしないだろう。


「後でお昼ご飯買ってあげるわ。それまで我慢しなさい。お店の物を勝手に食べたら、ご飯抜きよ。いい?」


 ぐぬぬ。そうきたか。アリアはどうあっても我に店の物を食べさせたくないらしい。幸い、小腹が空いた程度だ。昼まで我慢はできそうだが……。ここであまり我の意志を通しては、アリアとの関係が拗れるか。昼飯をくれるというし、ここは我慢しよう。


「お待たせしました」

「おかえり。どう? 買えた?」


 ヒルダ達が店から出てきた。手には大きく膨らんだ荷物を持っている。


「ええ。干し肉以外にも色々と。ルサルカさんが交渉してくれて、予想よりも安く手に入れることができました」

「やるじゃない、ルサルカ」

「えへへー」


 ルサルカが嬉しいような、恥ずかしいような表情で頭を掻いている。照れているらしい。


「この荷物は猫ちゃんに預ければいいのですか?」

「ええ。クロに持たせるわ。クロお願い」


 我はアリアに抱えられたまま、レイラの持つ鞄へと潜影の魔法をかけて、自分の影の中にしまう。レイラは手に持っていた鞄がいきなり消えて、少し驚いているようだ。


「これが猫ちゃんの魔法。とても便利ですね」

「そうなのよ。まだなにができるかは実験の最中なんだけど、思ったより使い勝手の良い魔法で助かったわ。次のテストは余裕でクリアできそうだし」


 テストが余裕でクリアできるというのは、我にとっても朗報だな。以前は、かなり苦しい思いをした。あの苦しみを再び味わうことはないと知って、ホッとしている。


「では、次に行きましょう。次は水を入れる樽かしら?」

「それなんだけど、中古でよかったら飲み屋さんや、酒屋さんで安く譲ってもらえるかも」


 その後も我らは買い物を続けていく。買い物で活躍したのは、意外にもルサルカだった。店の場所を尋ねたり、値下げ交渉をしたり、より安い物を見つけてきたりと大活躍だったらしい。我も潜影の魔法で荷物を次々にしまっていき大活躍した。活躍のご褒美にレイラとヒルダから干からびた魚を貰えたほどだ。


 途中、昼飯を取りつつ休憩し、午後も買い物は続いた。我の昼飯は焼いた鳥肉だった。ちょっとパサついていたが美味であった。食堂の食事と甲乙つけがたいほどだ。やはり人間の作る飯は美味い。


 買い物の方も順調に進み、夕方前には買い物は終了する。後は野外学習の当日に少し買うくらいで準備は整うらしい。聞けば、野外学習は明後日に迫っていた。意外に近いな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る