第61話 苦労をかける

「はぁーあ! やっぱりここは別格ね。かわいいしっ! 安いしっ!」


 アリアが感嘆のため息を漏らしながら、称賛の言葉を口にする。此処は王都の服屋アウシュリーだ。アリアやルサルカが、「学院に篭る前に買い物がしたい」と言い出したので、ここに来ている。どうやら服が欲しかったらしい。


「次はいつ来れるか分からないから、買い貯めておかないと。体も大きくなるかもしれないから、大きめの方が良いかな」

「大きくなるのか?」


 思わずアリアに訊いてしまった。この半年、アリアの体は大きくなったとは思えない。いや、胸がちょっと膨らんだか。しかし、それも微々たるものだ。


「大きくなるかもしれないでしょ? そしたら、今持ってる服が着れなくなるかもしれないじゃない。やっぱり大きめを買うわ。大は小を兼ねるって言うし」


 ふむ。体が大きくなるのは、なにも成長だけではないか。


「そうだな。太るかもしれないから、大きめを買っておけ」


 アリアの服を選ぶ手が止まる。アリアが、まるでギギギッと軋みを上げそうなほどゆっくりとこちらを見た。その顔は無表情だ。いや、目が若干細められ、こちらを蔑みの視線で見ている。


「さいってー。嫌なこと言わないでよ。本当にもう、デリカシーってものが無いんだからっ!」


 せっかくアリアの意見に賛同してやったというのに、怒らせてしまったか。なぜだ?


 我は怒らせてしまったアリアから一度離れ、ヒルダに近づく。ヒルダは下着という小さな布切れを選んでいるようだ。近くにはリノアの姿も見える。それにしても下着か……。


 人間は何故、下着を着るのだろう? 服はハゲを隠すために着ていると結論が出た。では、下着はなんだ? その名の通り、服の下に着るのだから、ハゲ隠しの意味はあまりない。それなら下着など着なくても良いのではないかと思うのだが、人間の多くは下着を着ている。誰に見られるという訳でもないのに、色やデザインまで気にしている。なぜだ?


 そのあたりの疑問を近くに居たリノアにぶつけてみた。同じ女だし、なにか分かるかもしれん。


「わたくしも服のことは……」


 リノアはすまなそうに首を横に振る。


 リノアに訊いても分からなかったか……。まぁ、リノアも猫だしな。元々服など着ないから分からんか。仕方がない。


 そのリノアだが、なんだか少し疲れているような、やつれているような気がする。たぶん原因は、猫たちがヒルダの屋敷に大挙として押し寄せたからだろう。自分の縄張りにたくさんの猫が集まって、気が休まらないのかもしれない。


「大丈夫か? 疲れているように見えるが……」


「その……少し。でも大丈夫ですわ」


 リノアが今度は明るい笑顔を浮かべてみせた。


 リノアの話では、子猫の相手をして疲れているとのことだった。一緒になって遊んでやっているらしい。真面目だな。子猫など、放っておけば子猫同士で遊び始めるだろうに。


「すまんな。苦労をかける」


「いいえ。わたくしも、クロムさんの案は猫全体の利益になると分かっていますので。ヒルダが子猫たちに夢中なのは、少し妬けてしまいますけどね」


 リノアが最後に冗談めかして付け加えて笑う。本気で妬いているわけではないだろう。しかし、ヒルダも子猫に夢中か……。我は、ヒルダが猫たちを受け入れてくれたようで安堵する。ヒルダの母親の反応も気になるところだな。それに猫たちの反応も気になる。一度、視察に行った方が良いだろう。我はそう心に留め、リノアとヒルダの元を後にするのだった。



 ◇



 店内を一周した我がアリアのところに戻ると、ルサルカと一緒になって小さな布切れを見ていた。三角が2つ連なっているような布切れだ。


「ルサルカにはまだ早いんじゃない?」


 そう言って、アリアが布切れとルサルカのペタンコの胸を見比べる。どうやら胸に付ける下着を見ていたようだ。


「アリアも、あたしと変わらないでしょ」

「全然違うわよ! 私は、ちょっとはあるもの」


 アリアが胸を張って誇示する。しかし、言われてみれば膨らんでいるような気がしないでもない、そんなレベルだ。ペタンコのルサルカと大差はない。そんなものを誇るなよ。アリアによれば、人間は胸が大きい方が良いらしい。大きな胸なんて邪魔なだけだと思うのだが、人間はそうは思わないようだ。よく分からない。


「二人とも、どうかしましたか?」


 アリアとルサルカが言い争っていると、レイラが現れた。胸の話を聞いていたからか、我はレイラの胸を見る。デカい。我の顔二つ分くらいあるんじゃないかと思うくらい、レイラの胸は大きく膨らみ、服を押し上げている。レイラは全体的に細身なので、胸が余計に存在感を放っていた。


「いや、その……」


 さすがにレイラの大きな胸を前に「私は胸がある」とは言えないのか、アリアがしどろもどろになる。


「アリア……虚しい争いは止めよう……」


 ルサルカが遠い目をしながらポツリと呟く。


「はぁ、そうね……」


 アリアもレイラの胸を見てため息を漏らして同意した。


「?」


 レイラは、突如として治まった争いに疑問を顔に浮かべていたのだった。

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