第24話 もう漏らしてくれるなよ

「こらクロ! 出てきなさい! ちゃんと自分で歩きなさい」


 次の日。朝食を食べ終え、教室に移動するアリアの影に入ったら怒られた。


 チッ、昨日のことを覚えていたか。


「クロー、聞いてるのー?」


 アリアが自分の影をゲシゲシと踏みつける。影の中にいる我から見ると、まるで我が踏みつけられているようだ。影の中だから影響はないが、見ているだけでちょっと怖い光景だな。


「いいかげんにしないと、ご飯抜きよ!」


 飯抜きはさすがに嫌だ。我は仕方なくアリアの影の中から外に出る。


「やっと出て来た。もう、ちゃんと歩きない」

「はぁ……分かった……」


 飯を人質にとられたら降伏するしかない。これも飼い猫の弱点か……。


 まぁ、我は元野良猫だ。狩りをして飯を確保することもできるが……。アリアがくれる食堂の食事は、ものすごく美味しい。今更バッタなど食べられない。それに、要求されているのは、ただ歩くことだけだ。歩くだけで美味な食事がもらえる。そう思って頑張って歩こう。


 教室と中庭の分かれ道で、アリアと別れ、中庭に行く。もうすぐ中庭という所で白猫を発見した。昨日知り合った美少女、リノアだ。リノアは中庭の方を見つめている。どうしたんだ?


「リノア、どうかしたのか?」


「クロムさん……おはようございます。その……イノリスさんと会うのに緊張してしまって……」


 ふむ、まだ一匹で会うのは怖いのだろう。


「なら一緒に行くか? 我もイノリスに会いに来たのだ」


「はい!」


 リノアが元気に返事する。イノリスに会うことに否定的ではないことに安心した。イノリスが嫌われるのは、我も悲しい気持ちになるからな。


「では、行こう。もう漏らしてくれるなよ」


「それは……その……すみません」


 リノアがシュンとしてしまった。恥ずかしそうにモジモジしている。


「冗談だ。ほら行くぞ」


「……もうっ! 意地悪しないでください……」


 なんとも嗜虐心をそそる子だ。だが、あまりからかうと嫌われてしまうから、程々にしないとな。気を付けなければ。


 リノアを連れて、二匹でイノリスの元に行く。イノリスは朝も早い時間だというのに、もう定位置で横になっていた。


「来たぞーイノリス」


「その……おはようございます」


「にゃ~」


 三匹で鼻をくっつけあい挨拶を交わす。その時気付いたが、リノアから微かに花のような匂いがした。


「リノアから花の匂いがするな」

「主の香水の匂いが移ってしまったのかしら……。不快ですか?」


 リノアの青い瞳が揺れ、心配そうに見つめてくる。


「いや、不快ではない。ちょっと不思議に思っただけだ。その香水とはなんだ?」

「そうですか。よかった……」


 香水とは、強く花の匂いがする水とのことだった。それをリノアの主は付けているらしい。その匂いが移ったのではないかと言っていた。


「最初は強い匂いで困ってしまいましたけど……、相談したら違う香水に換えて量も抑えてくれて……今では良い匂いですよ」

「そうなのか。大変だったな。我の主は香水など付けていないから助かった」

「主は男の方ですか?」

「いや、女だ」

「そうなのですか? 香水をつけるのは淑女の嗜み、と主が言っていたのですが……」


 リノアが不思議そうな顔をしている。しかし、淑女の嗜みか。アリアは淑女というより、子どもだからな。その辺が関係しているのかもしれない。とすると、アリアもそのうち香水を付け始めるのだろうか? リノアも最初は困っていたようだし、できれば遠慮してほしいものだ。


 その後、我とリノアはイノリスに飛び乗り、丸くなった。だいぶ暖かくなってきとはいえ、まだ肌寒いこともある季節だ。温かく、もふもふなイノリスは最高の寝心地だ。柔らかな朝の陽射しの暖かさと相まって眠気を誘う。横を見ると、リノアが気持ちよさそうに寝ていた。我も寝るか……。



 ◇



 ゴーンゴーンゴーン!


 うとうとしていると、鐘の音が聞こえてきた。もう昼か。ちらりと片目を開くと、鐘の音に飛び起きるリノアの姿が見えた。


「大変! 早く戻らないと!」


 リノアがイノリスから飛び降り、数歩駆け出したところで立ち止まった。リノアがおずおずとこちらを振り返る。


「その……また来てもいいかしら?」


 どことなく不安そうな表情だ。我はリノアの不安を吹き飛ばすように大きく頷いた。


「いつでも来るといい。我とイノリスが待っている」

「にゃ~」

「ありがとうございます。また遊びに来ますね」


 そう言うと、リノアは走って行ってしまった。おそらく、自分の主の元に行くのだろう。我はどうするかな。今日は面倒だし、イノリスに乗っけてもらおう。我はイノリスの背に移動する。


「いいぞ、イノリス」

「にゃ~」


 イノリスが立ち上がり、ノシノシと女子寮に向かって歩き出す。イノリスの背は広々としていて、我が横になっても落ちる心配はない。ふー、楽ちん楽ちん。


 目指すは女子寮の食堂の裏口だ。以前は、ルサルカがご飯を中庭まで運んでくれたようだが、今はイノリスが気を利かせて自分で取りに行くことにしたようだ。


 我は微かな振動を感じながら、ゆっくりと流れる景色を楽しむ。やはり、寝たままでも移動できるというのは、たいへん便利だな。


「イノリスー!」


 イノリスの背中で丸まっていると、前方からイノリスを呼ぶ元気な声が聞こえてきた。ルサルカだ。イノリスもルサルカに会えて嬉しいのか、歩くスピードが上がる。


「イノリスー!」

「にゃ~」

「ふふ、くすぐったいよ、イノリス」


 イノリスとルサルカがじゃれている。相変わらず仲いいな。


「ほーら、イノリス。ご飯だよー」


 ドサリと重い音が聞こえてきた。きっと、イノリスの飯が置かれた音だろう。イノリスはものすごい大食いだ。我よりも大きな肉塊を一匹で食べてしまう。その食べっぷりは、凄まじいの一言だ。


 さて、我も飯を食いに行くか。イノリスの背から飛び降りる。だが、我を待っていたのは飯でもルサルカでもなく、仁王立ちするアリアだった。


「やっぱりここに居たわね。またイノリスに迷惑かけて」

「いや、これは……イノリスの好意なのだ。断るのも悪いだろ?」


 実際は、我が歩くのが面倒だっただけだが、イノリスの好意であることには間違いない。


「そうなの?」

「にゃ~」

「うん。イノリスも楽しんでやってることだから」


 イノリスとルサルカが援護してくれる。いいぞ、もっと言ってやれ。


「それならいいんだけど……」


 アリアはまだ心配そうな顔だ。我とイノリスが納得しているんだから良いと思うのだがなぁ。


「アリアは気にし過ぎだ」

「そうなのかな……。私、イノリスとクロには仲良くしてもらいたいのよ。ケンカとかしてほしくない」

「我とイノリスは十分仲がいい。でなければ、こんなことはしない」

「そっか。そうよね。私が口を挟み過ぎるのも良くないか……」


 アリアがやっと納得したように頷いた。どうやら、我とイノリスの関係に気を揉んでいたようだ。そんな気にすることはないと思うのだが。


「そんなことより、我は腹が減った」

「そんなことって……。はぁ、いいわ。食べに行きましょう」


 なんだか疲れた表情のアリアと、イノリスに会えてご満悦なルサルカと一緒に食堂に行く。さーて、今日の飯は何かなー♪

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