14:ショタ魔王子はなかなか憎めません

 ショタ魔王子こと魔国の王子メオ・マニグル殿下は、なかなかに揶揄い甲斐のある少年だった。


 私は度々書庫を訪れ、案の定そこで蹲って闇魔法で身を固めているショタ魔王子に声をかける。

 いじけている姿も愛らしい。


「メオ殿下、またサボっているのですか。使い魔に叱られますよ」


「不敬なッ。オレはサボってなどいない、ただ、引きこもっているだけだ! それにオマエだって魔王妃のくせに務めも果たさず部屋にこもって誰にも邪魔されることなく悠々と暮らしを送っているではないか。ずるいぞッ!」


「ふふふ。残念でしたね。私はお飾りの妃ですので夫との愛もありませんし、果たすべき務めもない。なんら問題ないのですよ?」


「ぐぬ……!! やはりオマエは魔王城に相応しくないッ! 今日こそ追放してやるからな」


「なら決闘しますか? あなたが私に勝てる自信がおありなら」


 そう言うとすぐにショタ魔王子は怯んで静かになる。それが面白くて、私はここに通って彼に会うのをやめられなくなっていた。


 当然、それが面白くない彼は私に色々なことを仕掛けてくる。

 例えばシャンデリアの上から魔物が飛びかかってきたり、魔王城の一部に闇魔法を忍ばせて床を踏み抜くとどことも知れぬ暗黒の空間に転送されるなど、実に野蛮な魔族らしい手法だ。


 しかしどんな恐ろしい罠であったとしても、結界を張っている私は傷一つ負わないのだった。


「魔族最強のオレが人間の女に敗北など……」


 そう言いながら、悔し涙を堪えて書庫に戻っていこうとするショタ魔王子は見ものである。


「メオ殿下、なかなか憎めませんね」


 魔族最強だか何だか知らないが、彼は可愛い。

 兄弟姉妹がおらず歳下と関わる機会のなかった私にとってはとても新鮮で

 私は微笑みながら、ショタ魔王子の行く手を塞ぎ、使い魔を呼んだ。


 もっとも、当然見ものだなどと言っていられるのは光魔法持ちだからであり、もしも別属性の魔法を持つ人間の少女であればただでは済んでいなかったに違いない。

 かなりの悪戯っ子、というよりは小悪魔的なショタ魔王子のことだ、無力とわかれば散々痛めつけた後で殺すなり追放するなりしていたはずだ。


 花嫁として魔国に嫁いできたのが私で良かった。

 いっそのことこのままショタ魔王子と遊び暮らして人生を終えても楽しいかも……とこっそり思い始めていたりする。どうせお飾りの魔王妃は暇なのだ、魔王陛下がサキュバスたちの相手をしている間、歳下魔王子との友情、そしてゆくゆくは年の差の恋を育んでもいいのではないだろうか。


 いけないことだとわかっているが考えれば考えるほど夢が膨らんでしまう。

 ニヤニヤしながら妄想を繰り広げていたところへ、やって来た使い魔が声をかけてきた。


「ベリンダ様。メオ殿下は確保しましたが、いかがなさったのですか。またよからぬことをお考えに?」


「大して間違ってはいないですが失礼な人……じゃなくて失礼な使い魔ですね。

 別に何でもありません。私は部屋に戻りますので、後はよろしく頼みます」


 現在の私と使い魔の距離感はなんとも言えない。

 会話もするし、こうしてお願いすることもある。しかし向こうは私に不満を抱いているし私も特段仲良くなろうとは思っていなかった。

 今すぐ問題は起こらない。なら、それでいいのだ。


 そのはずなのに――。


「ベリンダ様、少し」


 その日はなぜか使い魔が私を呼び止めた。

 魔王陛下ならともかく、こんなことは初めてだ。何か咎められるようなことをしたかと考えたか思い当たらない。

 魔王城の中を好き放題にうろつき、ショタ魔王子と遊んでいるのはいつものことだし。


「どうしたのですか?」


「それがですね、実は――」


「こら使い魔、離せッ。オレが本気で闇魔法をぶっ放したらどうなるかくらいオマエにもわかるだろ! おい聞いて……むぐぐ」


 使い魔の中に抱かれた魔王子が喚く。それをグッと抑えて黙らせながら使い魔が続けた。


「魔王陛下からお話が。魔王陛下の執務室へいらしてください」

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