15:突然のお出かけ
使い魔に場所を教えられ、私は一人で魔王陛下の執務室へと足を踏み入れた。
最初に魔王陛下と顔を合わせた魔王の間と比べると狭く感じてしまう。壁はやはり一面の赤で、魔物の頭部だとか爪など不気味なものが飾られていた。
書類がどっさりと積まれている机の奥に腰掛ける魔王陛下は、恐ろしくも美しい瞳で私を鋭く睨みつける。
「来たか」
「はい。何のご用でしょう?」
どうせ私が散歩に出る度に出会うのだから、わざわざこうして呼びつける理由はないはずなのに、どうしてだろう。
首を傾げる私に魔王陛下は言った。
「お前は俺を愛さないと言ったが、俺の妻であることに変わりはない」
「ええ、まあ」
あくまでお飾りに過ぎないが。
それとも魔王陛下は、今度こそ私にこの身を捧げるように要求してきたとでも言うのだろうか? 私が光魔法の使い手であることを知っていながら?
しかしその考えは間違っていたようだと、直後に知らされた。
それは、
「そこで、魔王妃として付き合ってほしいことがある。――俺と一緒に出かけてくれないだろうか」
驚くべきことに、お出かけの誘いだったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私にとってはあまりにも突然過ぎる話だが、どうやら前々から決まっていた話らしい。
魔王陛下によると、お出かけと言っても行楽が目的ではなく嫁入り儀式の延長線のようなもので、魔王が婚姻したことを広く知らしめるため、そして今回は人間の国から来た私が魔国の実情等を学ぶために国を巡るということらしい。
「そこまで固くならずとも構わぬ。実際は観光旅行のようなものだからな」
「そうなのですか?」
魔王陛下は頷き、話はこれで終わりとばかりに書類に目を落として何やら書き物を始めてしまった。
私はどうしたものかと一瞬悩んだが、魔王陛下が気にするなと言ったのだからそうさせてもらうことにしようと決める。
魔国の観光旅行。どんなものかはわからないが、前と違って私は魔物に襲われる心配がないのだから、もしかすると楽しめるかも知れない。
出発は明日の早朝と聞く。それまでにある程度準備を整えておこう。
執務室を去り、自室に戻ってまずしなければならないこと、それは衣装選びだ。
普段は動きやすさを重視して軽いワンピースだったりガウン一枚だけだったりという服装なのだが、さすがにこの格好で表は出歩けない。なので、この城へ訪れ結婚式をした時の黒い花嫁ドレスを引きずり出してみた。
普通、ドレスは何人かの侍女によって着せられるものだが、この魔王城には信頼して体に触れることを許せる者はいない。
故に自分一人できちんと着なければならなかった。しかも朝起きてからでは遅いので就寝前に。
――かなり苦戦しまくって何時間もかかってしまったのだが、それに関する私の奮闘については割愛するとしよう。
やっとドレスを着終えた私だったが、すぐにベッドで眠ることはなく、立ち上がって部屋の外へ。
本当はある程度魔力を温存しておきたい――何せ、旅行中はずっと結界を張っておくかも知れないのだ――が、それでもどうしても会いたい人物がいた。
「メオ殿下、またそこにいらっしゃいますね?」
「ぬっ! オマエ、どうしてここに来た。今は夜だぞッ!」
訪れた書庫、そこでやはり務めから逃げ出してきたのだろうショタ魔王子の姿を見つける。
しかし今回はそれを咎めることも揶揄うこともせず、私は彼に笑顔で声をかけた。
「お願いがあるんですが、いいですよね」
「どうしてオレが肯定する前提なんだよ。オレはオマエの言うことなんて!」
「私に真正面から勝てる自信、つきました?」
その一言だけで彼はぐぬぬと黙り、渋々といった様子で口を開いた。
「……オレに何をさせるつもりだ」
「簡単な話です。明日、魔王陛下と私は一緒に出かけなくてはならなくなりました。もちろん断っても良いのですが、必要以上の不和は生みたくありませんし。
でも魔王陛下と二人きりの旅なんてつまらないじゃないですか? ですから、ついて来てほしいんです」
どうせ二人では会話が弾まないだろう。たとえそこに使い魔がいたとして、あまりいい目では見られないに違いないし。
だから魔国で出会った人物の中で唯一好感が持てる――と言っても結構な問題児ではあるが――のショタ魔王子メオ・マニグルを旅の仲間に引き入れることにしたのである。
「なんでオレが」
「引きこもってばかりじゃつまらないですよ。健康にも良くないです」
「オマエに言われたくない!」
などと言いつつ、最後には首を縦に振ってくれ、彼の同行が決定した。
あとで魔王陛下に何を言われるかわかったものではないが、その時はその時である。
せっかく観光旅行に行くというのだから目一杯楽しみたいものだと私は思った。
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