22:人間側が私の返還を要求してきました!?①
平和ボケしていたと言えばそうだと思う。
淡々としたこの日常がいつしか私は好きになっていた。故郷にいる頃よりずっと、楽しかったから。
私は魔王陛下を愛さないし、愛されることもない。白い結婚。お飾りの妻。
それでいい。それで良かったのに。
それは魔国旅行を終えてからすでに七日ほど経つ、何の変哲もない朝のこと。
魔王城をぶらぶら歩き、ショタ魔王子のいる書庫へ寄って彼を散々揶揄い倒した後、部屋に帰る途中だった。
「ベリンダ様!」
呼び止められ、何事かと振り向けばそこには黒いモヤの姿。
魔王陛下の使い魔だ。
魔国巡りの話を告げられる前にもこうして彼に呼び止められたが、あの時とは違ってなぜか慌てたような口調だった。
「どうしました。何か緊急のご用事ですか」
「はい。人間の国から書簡が届いたのです!」
「私の祖国から、ですか?」
私は首を捻った。
もしかすると両親からかも知れない。だが、生贄として捧げられた私の生存は本来であれば絶望的と考えるはず。それに王族に睨まれ、最悪爵位を剥奪されてもおかしくない危険なことをわざわざ行うだろうか。
「……今更にもほどがありますし。中身は読みました?」
「魔王陛下が直々に目を通していらっしゃいました。そして私奴も確認させていただきました」
「なんと書いてあったのです?」
使い魔は一瞬、私から気まずげに視線を逸らした……かのように見えた。
何せ彼の瞳は赤い光のようなものだから、本当にそうだったかはわからないけれど。
「ベリンダ様の返還を求める、と。ご丁寧にあちらの王の署名付きでございます」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
人間の国――つまり祖国の人々が、私が帰ることを望んでいる。
それを聞いて私は唖然とするしかなかった。
両親からならまだわかる。
しかし、私を生贄にあてがった王子を咎めるどころか肯定したに違いない国王陛下がその手紙を送りつけてくるとは、一体どういうことなのだ。
「詳しくは陛下がお話ししてくださるはずです。私奴の口から伝えるには、あまりにも責任が重過ぎる」
問い詰めようとすると、使い魔は責任逃れをした。
それほど重大な話なのだろう。私は魔王陛下の執務室に駆けつけた。
魔王陛下は明らかに苛立っている様子だった。
いつもの冷ややかな視線をより一層強め、口元から鋭い牙を覗かせて唇を噛み締めている。
「これを見ろ」
挨拶もなしに、彼が突き出してきたのは数枚の書状。
そこに書かれていた内容に目を通した私は、「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げずにはいられなかった。
「なんですかこれは!」
そこに書いてあった内容を簡単にまとめると以下の通りだ。
ベリンダ・パーカーズは魔王妃として相応しい者ではない。
王国側の不手際により、別の娘と取り違えてしまった。本来魔王妃となるべく者を嫁がせるので、ベリンダ・パーカーズの返還を求む。
多額の慰謝料を支払うことでこのことは許してほしい。
――あまりにも、身勝手過ぎる。
だって私を無理矢理魔国へ嫁がせたのは王家なのだ。私はもちろん両親もきちんと抗議した。そもそも、正式な手法で定められた生贄ではなかったのだ。
それを今更「なったことにしてほしい」と言うなんて……信じられなかった。
でも、いくら私が憤っても決定するのは魔王陛下だ。
魔王陛下がご立腹なのはきっと、私という紛い物を送りつけられたからで。そんなのを花嫁として大々的に発表してしまったからに違いない。
私は即刻、この国から出なければならなくなる。
故郷に送り返された後、私は何をさせられるのだろうか。
急にあちら側がこのような非常識な申し出をしてきたのは、私が必要になったからだ。理由はわからないが、こき使われることは間違いないだろう。
魔国から戻った穢れた女。
偽物の魔王妃。
そんな風に呼ばれ、蔑まれながら働かされるのだ。
嫌だと思った。
もっとここでいたい。特別幸せとは呼べない、淡々とした毎日だったけれど、確かにここでの日々は過ごしやすかったから。
もちろん光魔法の結界を継続的に張り続けて逃げ回ることはできるけれど、それではここにいる意味がない。
最初は一人での生活もいいかも知れないなんて思っていたのに、魔王陛下やショタ魔王子と出会って言葉を交わすうちに、孤独なのは嫌になっていた。
いつの間にか目に涙が浮かび、視界がぼやけていく。
もう自分はここにいられない。そのことが悔しくて、悲しい。
「どうしたのだ。それほどまでに故郷に戻れるのが嬉しいか」
「……いいえ。帰ってもいいことなんて、何もありませんから」
きっと両親には会えないだろう。会えたとして、王家の厳しい監視付きだ。
そんなくらいなら帰らない方がいい。でもそうなると私はどこへ行けばいいのだろう。
「楽しかったですよ、私は」
魔王城で過ごせて。
魔王陛下やメオ殿下と旅ができて。
「送り返すなりなんなり、勝手にしてください。後は私、どうにか生きていきますから」
癒し手となれば求める者も多い。祖国以外の国に移って癒し手になることも不可能ではない。
たった独りで。
仕方ないと諦め、魔王陛下から何を言われても抵抗しないつもりだった。
それなのに――。
「愚かだな、お前は」
魔王陛下はわずかに呆れを滲ませた声でそう言った。
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