7:お飾りの妻なら何をしてもいいでしょう?
引きこもり生活開始から数時間。
食事が運ばれて来るのを待ちながらひたすらダラダラ過ごしていた。
時折外から話し声が聞こえてくる。
それはどうやら魔王様の愛人のサキュバスたちのようだった。
「……あらあらまあまあ、お妃様ったら部屋にこもって拗ねていらっしゃるわ。あたくしたちの魅力に敵わなかったことが、そんなに悔しくいらっしゃるのねぇ」
「脆くて醜い人間ですもの。陛下の寵愛が受けられるはずがございませんのに」
「愚かですこと」
「魔王様に認めていただけるほどの美しさを磨かないとはなんて怠惰なのかしら〜」
「放っておきましょ、その間に魔王様に構ってもらわなくっちゃ!」
ウキウキと弾むその声に心が乱されなかったかと問われれば、全く気にならなかったと私は答える。
おそらく昼日中と思われるこの時間帯から魔王陛下と遊びに耽る彼女らに嫉妬が湧かないのは、お飾りの妻という立場に満足していたからだろう。
魔王陛下といるより、このベッドの柔らかい感触を全身で味わっていたかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しかしそんな私の意思に反して魔王陛下はわざわざ部屋を尋ねてきた。
と言っても、結界が張ってあるおかげで昨夜と違って勝手に部屋の中へ入って来るようなことはない。
「お前、いるか」
「おりますが何ですか。これから昼寝をしようと思っているのですが……」
ふわぁ、とあくびをしながら私は返事をした。
失礼極まりない態度ということは自覚している。だが、結界の中にいる限りどうやっても魔王陛下が私を襲うことはできないので、緩み切っているのだった。
「使い魔から話を聞いた。随分派手にやってくれたらしいが」
やはりその話か。
面倒臭くなって、私はもう一度出そうになるあくびをかみ殺した。
「派手にはやっておりません。ただ、これから長い時間を過ごすかも知れない自分の部屋を整えたまでのこと。――お飾りの妻なら、何をしてもいいでしょう?」
私の言葉に、魔王陛下はしばらく何を言うか躊躇ったのか、黙り込んだ。
しかしやがて口を開くと、重々しく言った。
「勝手なことはあまりするな」
それは思わず背筋がゾッとなるほど冷たい声だった。さもなくば首を落とす。そんな意味が言外に含まれているのは明らかだ。
しかし私はすぐに余裕たっぷりに言葉を返す。
「魔王陛下に命じられる謂れはございません。……ですが少なくとも、そちらに迷惑をかけるようなことはいたしませんからご安心ください」
「ふん」
会話と呼べない会話はそれだけで終わりだった。
魔王陛下はドアの前から歩き去ったようで、足音が遠くなる。かと思えばサキュバスたちのキィキィとはしゃぐ声が聞こえ、魔王陛下に絡みに行ったのだろうということがわかった。
「それにしても魔王陛下は弱気なのだか強気なのだか、よくわからないお方ですね……」
魔王陛下の美顔を思い出しながら、私は小さく呟いた。
夜に部屋へ勝手に入って来たかと思えばすごすごと帰り、その一方であんなに冷たい声で私に警告する。
冷酷非道なのか何なのか、よく実態の掴めない魔王だ。
しかし私には関係ないことだと、すぐに思い直す。
私はお飾りの妃。魔王陛下と顔を合わせる機会は、もうあまりないに違いないのだから。
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