8:厄介な妃と厄介な魔王陛下 〜使い魔side〜
魔王陛下が人間の花嫁を娶られた。
魔族に女は生まれず、そのため別種族と交わる必要がある。
サキュバス等と子を成すことも可能だが、人の血は稀少で、ぜひとも迎え入れたい……そのような思惑の下の婚姻だ。
陛下にお仕えする使い魔であるところの私奴は、少し不安を抱きつつも、
そして花嫁は無事にやって来た。
……だが、その花嫁はあまりにも常識外れで、自由勝手過ぎた。
「私はあなたを愛しません」
顔を合わせるなり、そう言ったのである。
人間の分際で、と頭に血が上りそうになった。きっとそのばに魔王陛下がいなければ、その場で殺してしまっていたと思う。
しかし当の魔王陛下といえば、どうだろう。
「可愛い……」と呟き、彼女に見惚れ、呆けていた。
可愛い? この人間が? 不敬ながら、魔王陛下は正気なのだろうかと私奴が思ったのも仕方のないことだと思う。
花嫁はそこそこ美人だが、この世のものとは思えないほど美しい魔王陛下に釣り合いが取れているとは言えなかった。そしてこのふざけた物言い。打首にしてもいいはずなのに。
さらに花嫁は無礼を重ねた。
「これはあくまで愛のない結婚なのでしょう。私は無理矢理嫁がされてきた身です。最初から期待などしておりません。
お飾りの妃という立場、よく理解いたしました。必要であるなら挙式はしてくださって構いません。ですが誓いのキスはお断りいたします」
魔王陛下は常が絶対零度の視線なので、呟きが聞こえなかっただろう花嫁は魔王陛下に嫌われていると思い込み、発言したのかも知れない。
それでももっと他にやりようがあるだろう。彼女は魔族に宣戦布告したに等しいのだ。私奴は腑が煮え繰り返る思いだった。
けれども、魔王陛下は私奴に耳打ちした。
「この花嫁の面倒を見てやれ」と。
魔王陛下はどうして、このような愚かな人間の女を許し、受け入れたのだろう。
わからない。わからないままに、私奴は陛下の言いつけ通りに厄介な妃の世話をすることになったのだった。
さて、妃を迎え入れた翌日の昼時のことである。
花嫁が次なるとんでもない行動を起こした。
――花嫁が部屋に結界を張った。
普通の人間はそのようなことはできない。
なんと、花嫁は忌々しい光魔法使いだったのだ。
それを知っていればこんな女は魔王城に引き入れなかった。気づけなかった私奴の大失態だった。
慌てて魔王陛下に報告に走った。
「魔王陛下、大変でございます。ベリンダ様が部屋に結界を……」
「結界だと?」
「その通りです。あの方は光魔法使いだったのです! 魔王陛下、即刻ベリンダ様を城から追い出すべきだと愚考致します」
光魔法は魔族の最大の弱点。
光魔法を浴びせられなどすれば、普通の魔物であれば即死。魔族の中で最も力のある魔王陛下でさえ魔力が枯渇して三日は動けなくなるだろう。
当然ながら魔王陛下も私奴の意見を聞いてくださるはず。
そう思っていた。
「……面白い」
「魔王陛下?」
「面白いと、そう言った。昨晩、俺は彼女の部屋を訪ねたのだが強気で追い返されてしまった。人間では稀に見る豪胆な女だと思ったが、まさかここまでとはな。逃すのは惜しい逸材だ」
魔王陛下が瞳を輝かせた。
まるで楽しい遊びを見つけた幼な子のように。
「――置いておけ。さすがにあの花嫁とてずっと部屋に篭ってはいないだろう。あとで俺が話を聞きに行く」
「魔王陛下! あの女のどこがいいのです。陛下のお命を最優先に……」
魔王陛下は私奴から顔を背け、拒絶を態度で示した。
私奴はあくまで陛下の使い魔。こうなってしまえば、これ以上強く意見することはできない。
魔王陛下は何においても今まで判断を間違われたことはなかった。
魔国内での政治や治安の改善。他国とのやり取りも、完璧にこなしていた。
だから今回も正しい判断をしてくださるだろうと信じていたが、どうやら違ったらしい。
魔王陛下は妃に特別な想いを抱き始めているようだ。なんと厄介なことだろう。このままでは、妃を追い払うことができないではないか。
私奴はため息を吐きたくなるのをグッと堪えた。
魔王陛下とその妃は、厄介さでいえばお似合いと言える夫婦なのかも知れなかった。
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