5:何もないまま迎える朝
いつの間にかまた眠ってしまっていたらしい。
次に私が目覚めたのは、使い魔の声が聞こえてきたからだった。
「ベリンダ様、おはようございます」
「……ぁ」
ベッドに埋めていた顔を上げると、そこにあるのは真っ黒な魔王陛下の使い魔の姿。
主人同様、無断で部屋へ入って来たらしい。だが使い魔に対しては別に咎める気にはならなかった。
なんだかたくさんの嫌な夢を見た気がする。
思い出せる範囲でいえば、体の溶け切ったわけのわからない魔物に追いかけ回されたり、食われそうになったり。どれも吐き気のするような内容だった。……おそらくは不安定な精神状態のせいでそんな夢を見たのだと思うが、それらが現実にならないことを祈るばかりだ。
「もう朝なのですか」
「人の国と違い、魔国では朝も晩も一日中同じ天気なのです。ですので毎日私奴が起こさせていただきに参ります」
「……助かります」
寝過ごして限りある時間を無駄にしたくはないので、その辺りの配慮には感謝しておこうと思った。
結局、昨晩のうちはあれから何もなかったようだ。
二度寝している間に実際に魔王陛下に襲われたということもなく、夢のこと以外において私はピンピンしていた。朝の光を浴びられないことは残念だが、それは王城に囚われていた時も同じことだし、別に気にしていない。
そんなことよりせっかく無事に迎えられた朝なのだ、何か有意義なことをしたい。
豪華なベッドに腰掛けたままで運ばれてきた朝食をいただきながら、私はあれやこれやを考える。
私はお飾りの魔王妃。よって、持たされている権限は少ない。
その中で私が使える一番の手札は光魔法だ。光魔法でどうにかして部屋の鍵を作り出せないだろうか。
夜のうちにまた魔王陛下が入って来るかも知れないと思うと安眠できないから、部屋の鍵は早急に解決すべき課題だろう。
使い魔に行って鍵的なものを作ってもらうのもできるかも知れないが、そうなると魔王陛下は容易に入って来られるようになるわけで……。
そんな風に思考を巡らせていると、使い魔がグッと私の顔を覗き込んできた。
「ベリンダ様。何か良からぬ企みでもしていらっしゃるのですか」
「まさか。自分の立場くらいきちんと弁えていますよ。お飾りはお飾りらしく、過ごすつもりです」
「…………」
にっこり笑って見せても使い魔はギラギラ光る赤い瞳でこちらを見つめ続けている。
なんだか気味が悪くなった私は料理に視線を落とし、その場をやり過ごした。
もしかすると私が眠っている時以外はずっとこの部屋に居座るつもりなのだろうか。
そうだとすれば、咎めるつもりはないという先程の考えを改めなければならなくなる。もちろん私の監視目的なのだろうということはわかっているしそれ自体は問題に思っていないのだが、こうもわかりやすく見られるとさすがに不快感が強い。
魔王陛下に直談判するという案が浮かんだが、話が通じるように思えない上うっかり喰われたくはないので却下せざるを得ない。
だからと言ってこんな状態に何日も耐えられるかといえば、否だ。
鍵を作ったところでこのモヤのようなコウモリのような使い魔は入って来られるのだろうか。もしそうだったら嫌だなと、私は思ったのだった。
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