私はあなたを愛しません ~婚約破棄され生贄にされた令嬢は魔王陛下のお飾りの妻になります~
柴野
1:生贄の花嫁になりました
私の目の前に立つのは、漆黒の髪から二本の角を覗かせた、氷のような冷たい美貌の男だった。
彼の青紫色の瞳に見つめられるだけで背筋が寒くなる。それでも怯むわけにはいかない。私はなんとか声を震えさせないように気をつけながら、言った。
「――魔王陛下、私はあなたを愛しません」
その瞬間、彼が不機嫌そうにただでさえ切れ長な瞳を細める。
けれども、ここで怒りを買い、死んだとしても私は構わない。だってこれ以上蔑ろにされるのは許せなかったから――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベリンダ・パーカーズ。
弱小伯爵家の娘として生を受けた私は、この身に不相応ながらも第三王子殿下の婚約者
それは私が他の令嬢たちに比べて魔法が得意……しかも光魔法の才に長けていたからなのだけれど、すでに過去形で語らなければならない話だ。
つまり簡単に言えば私は殿下に捨てられた。
「貴様との婚約を破棄する!」
可愛いのだけが取り柄の男爵令嬢を侍らせた殿下から言い渡された婚約破棄に、私は頷くしかなかった。
王子妃教育だって努力してきたのに、と悔しさが込み上げた。そんな私に殿下はさらに追撃を行い、「我が寵愛を受ける男爵令嬢を暗殺しようとしたな」などとありもしない冤罪を述べ、その上で、
「貴様を魔国へ生贄として捧ぐ。異論は認めない」
と、とんでもないことを言い出したのだった。
当然ながら私は抵抗した。
魔国とは、私が生まれ育った王国の遥か北にある巨大な孤島に築かれた国で、魔族が治めている。
現在でこそ人族と魔族は不戦条約を結んでいるが、その条件として差し出されるのが五十年に一度の生贄。
本来ならば生贄はきちんとした手順を踏んで決められるのだが、今回は第三王子にとって邪魔な私を生贄という名目で厄介払いするつもりらしい。生贄にされて戻ってきた者はいない。皆、魔王に殺されたのだろうと噂されている。
……結局、私の必死な抵抗も虚しく、生贄用の特別な部屋に放り込まれた。
それに抗議した両親は厳罰をちらつかされ、家の存続のために泣く泣く諦めたと聞く。あくまで、出発前に私の元へわざわざやって来た男爵令嬢――ちなみに私を馬鹿にして笑い転げていた――から聞いた話なので、どこまで信じていいかわからないけれど。
そんなこんなで黒い花嫁ドレスを着せられ馬車に詰め込まれて。
私は生贄――魔王の妃として魔国に嫁ぐことになった。
魔国の空は漆黒で、おどろおどろしい雰囲気が漂っていた。
荒れ果てた広野に降ろされた私は戸惑いながらも魔王城を目指して歩いた。私をここまで連れてきた船はすぐに引き返していったので誰もいない。海に飛び込めば逃げ出すことだって可能だ。でも、私はそうしなかった。魔王城に向かうよりその方が怖かったから。
でも魔王城に一歩一歩近づく中で、その選択を後悔した。
空を横切る真紅の怪鳥。
そして同時に、赤子が笑っているような声も聞こえてくる。ギャギャッ、ギャギャッとけたたまい笑い声と共に現れたのは、こちらをギロリと睨みつけて今にも襲いかかって来ようとするドラゴンだった。
「――ひぃっ」
腰が抜けそうになるのを必死に我慢して、走る、走る、走る。
魔王城へ辿り着いたところで一緒なのかも知れない。でも、道半ばで食い殺されることを考えれば、まだしもマシかも知れないと思ったのだ。
しかしつい先日まで貴族の娘であった私の体力など底が知れている。
そして私が息切れし、魔王城まで後少しというところでもうこれ以上走れなくなった頃、『それ』は現れた。
「ようこそおいでくださいました、人の花嫁殿」
黒いモヤに包まれ、真紅の瞳をギョロリと光らせたコウモリのような何か。
それまでの恐怖の連続もあり、とうとう耐え切れなくなった私は、悲鳴を上げて座り込んでしまったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お迎えが遅くなって申し訳ございません。花嫁殿、魔王城へご招待いたします」
人を取って食いそうな見た目に反し、魔王の使い魔と名乗る彼は親切にも私の誤解を丁寧に解いた後、転移という魔法を使って魔王城に連れて行ってくれた。
広間らしき場所――赤い壁が一面に広がるゾッとする部屋に到着した私は、使い魔の指示に従って魔王城の中を歩く。
途中で使い魔とよく似た小型魔物から、おとぎ話で一度は聞いたことのある有名な魔物にも遭遇した。万が一のことがあっても大丈夫なように光魔法で防御していたことは使い魔は分かっていただろうが、何も言わずにいてくれた。
そんなこんなでやって来た魔王の間。
生贄とは魔王の妃のことだが、その全てが消息を絶っていることを考えればどんな扱いをされているのかわからない。魔王と対面した瞬間に八つ裂きにされるのではないか。そんな不安が胸をよぎりつつも、覚悟を決めて中へと踏み込んだ。
どんな異形の怪物が現れたとしても動じないつもりで。
そして――。
「お前が俺の妃になる者か」
扉を開けた先に待っていたのは、目を瞠るような美青年だった。
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