13:魔王陛下に謝罪されても困ります

「これは一体どういうことだ」


 氷のような声でそう言いながら書庫に入って来たのは、魔王陛下だった。

 その瞳はいつになく鋭く、私たちを糾弾しようというつもりなのだろう。確かに叱られても当然のことをやらかした自覚はある。


「ごきげんよう、魔王陛下。

 事情を説明させていただきますね。私、ショタまお……メオ殿下の声がしてどなたかいらっしゃるかと思い、書庫に勝手に足を踏み入れさせていただきました。するとそこには肩を怒らせたメオ殿下がいらっしゃり、なぜか喧嘩をする羽目になってしまって」


「違うだろッ、勝手なことを言うな! オマエがオレの聖域に入って来た方が先で……」


 しかし彼が部屋を全壊させたのは事実。それがすぐにわかったのであろう魔王陛下は、ショタ魔王子をギロリと睨んだ。


「これは俺の花嫁だ。気に食わぬからと勝手に戦いを挑むなど感心できた行為ではない。しかも何だ、わざわざお前が快適に過ごせるように配慮し作った部屋をこうして壊すとは。罰としてお前には以後、今日この日まで放棄し続けていた王子としての務めを果たしてもらうとする」


「なんでだよ! なんでオレがそんなこと――」


 ぷぅ、と頬を膨らませ、不服そうにする魔王子。

 しかしそれに魔王陛下は応じず、すぐに使い魔を呼び寄せて彼をどこかに連れて行かせてしまった。


「では私はこれで失礼します」


 それを見送った私はごくごく自然に書庫を出て行こうとする。

 しかし魔王陛下は見逃してくれなかった。


「おいお前」


 呼ばれてしまったからには振り返るしかない。

 そこにあるのは、凍えそうなほどに冷たい美貌だった。


「何でしょう、魔王陛下」


「お前もどうしてここにいた。臆病なあいつが中からお前に声をかけるようなことはするまい。……書庫の本を読み漁っていたのか」


 私はそれに答えなかった。静かに微笑み、黙秘したのだ。

 魔王陛下はしばらく無言だったが、やがて口を開いた。しかもその内容は意外過ぎるもので。


「……この度はあいつが無礼を働いた。許せ」


 なんと、魔王陛下直々に謝罪されてしまったのである。

 背筋がぞくりとなるような低い声音ではあったが、そこにほんの少しの申し訳なさが含まれていたのは事実。私は驚き動揺するしかなかった。


「別に、魔王陛下のせいではありませんし、謝られても困ってしまいます。メオ殿下の存在を知らされていなかったことに何も思わないではないですが、所詮私は余所者のままですし」


「…………」


「ですがあえてお言葉に甘えさせていただくなら、この場は見逃してくださいませ」


 私を問い詰めるなりあるいは殺そうという気なら、本気で襲ってくるはず。そうでないということは最初から私を見逃すつもりなのだろうと思うが、念を押しておく。


 それを受けた魔王陛下は何も言わず、私を静かに見送ることにしたようだ。

 彼の目の届かないところまで歩き去るまで、私の背中には彼の視線が突き刺さっていた。


 お飾りの妻に過ぎない私が自由勝手に振る舞うのが気に入らないのだろう。

 けれど当然私にはおとなしくする気などさらさらない。元々死ぬ気でやって来た場所なので大して恐れてはいなかったが、光魔法が魔族にとって天敵だと知ってから、さらに怖いものなしになったのだ。


「また気が向いた時に書庫に行ってみましょう。もしかするとショタ魔王子がこっそり隠れていたりするかも知れませんし……」


 そんなことを呟きながら、私は結界を張っている快適な自室へと戻るのだった。

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