19:これは嫉妬なのだろうか 〜魔王セオside〜
最近俺は、わけのわからない感情に振り回されている。
栄えある魔国マニグルの王たる俺の心を惑わすその原因はわかっている。人間の国から嫁いできた俺の花嫁――ベリンダだ。
今まで魔族の花嫁となるはずの女たちは誰一人として魔王城に足を踏み入れることはなかったので、その時点で豪胆な女だろうと考えていた。
だが実際は想像以上。面白いと思い、彼女を観察するようになった。
ただそれだけだったはずだ。
当然、花嫁として丁重に扱うつもりではあった。なぜだか花嫁からは出会った途端に「愛しません」とはっきり拒絶されてしまってはいるが、それでも彼女が花嫁であることに違いはない。
でもなぜなのだろう。
魔馬車の中で仲良さげに過ごすメオとベリンダを見て、無性に腹が立つのは。
メオは、俺にとってあまり好ましい存在とは言えない。
魔王である俺に楯突く子供。下等な魔物の腹から生まれたくせに、俺より多くの魔力を持つ目の上のたんこぶ。
ろくに口を聞くこともなく、メオは魔王城の一角にある書庫の奥に部屋を与えさせ、細工をし、他の誰も侵入できないようにして閉じこもっていたのでここ数年は顔を見ることさえなかったほどだ。
だというのにベリンダが書庫に入り込んだ時からすっかり変わってしまった。
今やうとうとするベリンダを膝に乗せ、さも嫌そうな顔になるよう努めながらもニヤついているのを隠せていない。そんな彼を見て、俺は虫唾が走った。
所有物を勝手に奪われたような……それに近い怒りだった。
「俺にもやらせろ」
「は?」
「俺にもやらせろと、そう言っている。その女はお前が触れていい相手ではないぞ」
「なんだと? オレは魔国の王子なんだぞ。この女に触れる権利はあるはずだッ! ……ああ、それともオマエ、オレに嫉妬してるのか?」
俺が嫉妬している?
そんなわけはない。何を馬鹿なことを言っているのだと言ってやろうと思ったのに、しかしなぜか俺は言葉を口にできなかった。
わけがわからない。わからないまま、俺は「うるさい」とだけ吐き捨て、黙ってそっぽを向くしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔国を巡る旅の中、俺は考え続けた。
……これが嫉妬でないのだとすれば一体何だというのだろうか、と。
例えば、最初の城下町ではメオがベリンダを引き連れて歩き回る図を想像して苛立ち、ついて行ったし。
旅出から三日目で立ち寄った宿にて、勝手に花嫁の部屋に立ち入っていたメオが許せなくて力づくで引きずり出したし。
他にも何かしら理由をつけてはメオに馬車の番をさせたり、二人を遠ざけるようなことばかりをやってしまっていた。
ベリンダはそのことに全く気づいていないようだが、メオは暇さえあればに「あの女の視線を釘付けにできないオマエが悪い」と揶揄ってくる。
確かにベリンダは、まるで俺に興味がない。
俺は我ながらかなりの美貌を持っていると思うし、メオなどよりもずっと女子ウケするだろう。事実、やかましいサキュバスたちは常に俺に媚びを売り、付け狙っているほどだというのに。
そんな風に思いながら、俺は淡々と答える。
「俺は魔王だ。あの人間の花嫁ごとき、どうしようが関係ない」
「ふんッ、見栄を張るとは情けない男だな! せいぜい悔しがってオレに懐くあの女の姿を見ているがいいぞッ!」
「懐いているのはお前だろう」
「ぐぬぬっ。ど、どう言い訳しようがオマエがオレに劣っている事実は変わりないからなッ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るメオは幼い。仮にも魔国の王族だろうにその威厳が全く感じられなかった。
メオと俺を比較してみる。
血統は俺の方が上だ。美貌だってそうだし、魔法こそ俺が劣るが魔族最強のメオですらベリンダには敵わないのだから同じである。
幼稚で愚かな子供のメオの、どこがいいのだろうか。まったく持って理解できないが、事実ベリンダは彼を気に入っているわけで。
あの花嫁が誰を好もうが関係ない。俺は先ほど、メオにそう言ったのではなかったのか。
矛盾した思考。このようなこと、魔王たる俺にあるまじきことだ。
使い魔はそんな俺の内心を悟っているのか、なんとも言えない生暖かい目を向けてくる。
『早くご自覚なさった方がよろしいですよ』
そのような声が聞こえてくる気さえした。
ああ、わかっている。これは何者の目から見ても紛れもない嫉妬だ。だが嫉妬の理由が思いつかない。
だって嫉妬しているということはつまり――面白い女という以上に俺は彼女のことを想っているということになるのだから。
基本的に複数の妃を持つ魔族において、俺は不能と呼ばれるほど女に関心がなかった。
先代魔王である父は八人もの女を娶ったり人知れず子作りに勤しんでいたらしい。それでもどちらかといえば少ない方で、過去には二十人以上妃を持った魔王がいたのだとか。
しかし俺は上位サキュバス四人が体を押し付けてきたり媚びてきても何も感じない。魅惑的な胸、女性らしい臀部、くるくると動く尻尾や黒い翼、そして彼女らが得意とする魅了の魔法……どれにも心動かされることはなかった。
サキュバスに限らずどんな魔物の娘でも同じだ。
それは最初、ベリンダに対してもだった。
けれどそれが変わっていったのは、一体いつ頃のことだったろうか。
ベリンダは見目麗しくもないし、特段知性に溢れてもいない。
普段は彼女自身は淑やかなふりをしているようだが全然そんなことはなく、魔国巡りの中で新しい街に立ち寄る度、そして魔馬車で通りがかった絶景を眺める度にはしゃぐ姿ははしたないと呼ぶべきものだ。
サキュバスたちなら間違いなく歓喜の声を上げて喜ぶだろう俺との手繋ぎも、嬉しがる様子も恥じらう様子もなく、可愛げがない。
でもだからこそ彼女は面白く、日を重ねるごとにますます目が離せなくなっていって。
メオの指摘が正しかったというようで癪なので、本当は認めたくなどない。
だがこれはもう、嫌でも認めるしかないだろう。
――俺は花嫁、ベリンダに惹かれてしまっているのだと。
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