20:魔王城への帰還、今までと変わらないようで少しだけ変わった日々
魔国は孤島に築かれているといえ、案外広い。
魔国の旅は二十日ほどを要した。
その間に私は魔国の色々な文化――魔物たちが一晩中踊り狂う祭りやら魔国特有の礼儀作法やら――に触れたり、名物料理やらスイーツやらをたっぷりいただいたりと楽しんだ。
魔王陛下は全く甘いものを好まなかったが、それでも外面を気にして私に付き合ってくれる。馬車から降りる時は毎度のように魔王陛下とショタ魔王子と私の三人で手を繋いだ。
「まるで仲良し家族ですね。実際は偽装家族みたいなものですけど」
「オマエと家族だとッ。オレは御免被るぞ!」
そう言いながら私の右手を離そうとしない彼は可愛い。
その一方で左手を握る魔王陛下は黙り込んでいたけれど。
――ともかく、旅の目的は果たせたと思う。
一つは花嫁である私の名を魔国に知らしめること。そしてもう一つは私の観光旅行。
そして無事に魔馬車は魔王城へ帰り着き、充実しまくった長旅は終わった。
これからまた魔王城での日々が再開される。
長旅の間に私と魔王陛下の仲が深まる……なんてことはもちろんなかったので、私はお飾りの妃のまま。
それに関して何ら不満は抱かない。今まで通り、過ごしていくだけだ。
ただ、またいつか旅行に出かけたいとは思うけれど。おそらくそんな機会はないだろうなと私は思った。
……何せ今回は特別。これ以上魔王陛下と私の仲を見せつける必要性はないのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――お前、どこへ行くのだ」
「あっ、魔王陛下」
魔王城に帰るなりどこかへ姿を消したショタ魔王子を探すため、書庫を目指して廊下を歩いていると、魔王陛下と遭遇した。
てっきり執務室にでも行ってサキュバスたちと久々に戯れているだろうと思っていたので驚いた。しかも廊下の曲がり角でバッタリといういかにも偶然を装った状況だったので、やはり私を監視していたのかも知れないと疑ってしまう。
だがその疑念は口にせず、「ちょっと書庫に」と答えた。
そうか、とでも言われ、そのまま見逃してもらえると思ったのだが。
「またメオか。あいつのどこがいいのだ」
「どこがいいか、ですか?」
思わぬ質問をされて戸惑う私を、魔王陛下は鋭い目つきで睨みつけた。
何か気に入らないことでもあったのだろうか。理由がわからず、首を傾げてしまう。
「態度がツンツンしているくせに実は口だけで本当は嫌がってないところとか、揶揄い甲斐のあるところとか……でしょうか。見た目もぷくぷくしてますし」
「お前は幼児が好みなのか」
「確かにゆくゆくは年の差の恋を…………何でもありません」
いけない。うっかり口を滑らせてしまった。
私は慌てて取り繕い、その場を逃げ出した。
その時はそれだけで終わったから安心したのだけれど。
翌朝、またもや廊下の曲がり角で出会した魔王陛下の姿を見て、私は息を呑むことになる。
たったの一晩で彼は、柔らかな肉を弾ませる、ぽっちゃりを通り越してでっぷりな体型の青年に変貌していたのだ。
なんだこれは。あのスラリとした恐ろしくも美しい魔王陛下とは思えない。
「どうだ? 闇魔法の応用で体型を変えてみたのだが」
どうだと言われても、である。
「あの、魔王陛下は今までの体型の方が似合うと思いますので……その、昨日の私の発言を気になさったのならすみません。あれはメオ殿下についてのことでしたから……」
なぜだか知らないが魔王陛下はメオ殿下と張り合っている。そしてそれは魔馬車での旅の間にますます強くなったように思う。
私がぷくぷく体型の方がいいと言ったものだから、メオ殿下に負けじと太ったのかも知れない。
だが少し変だ。
いくらなんでも、私の言葉一つでここまでやる必要はないはずだ。これでは魔王陛下にご執心なサキュバスたちにそっぽを向かれてしまうだろうに。
まるで、私に気に入られたがっているかのような――。
「ふん」
魔王陛下は不愉快と言いたげに鼻を鳴らすと一瞬で元の痩せ型に戻り、どこへともなく歩き去って行った。
何なのだろう、一体。
残された私は呆然と彼の背中を見送りながら、思う。
変わらないだろうと思っていた日常だが、以前までとは少し変化しつつあるのかも知れない……と。
でも魔王陛下を除いて、他の者たちは普通通りだった。
ショタ魔王子は基本書庫に引きこもっているし、使い魔は私となんとも言えない距離をとっているし。
魔王陛下の態度だけが変わり、毎日の遭遇率が日に一回だったのが二回三回と次第に上がっていくこの状況は何なのだろうかわからないが。
「……まあ、いいです。私は結界を張り続けている限りは安泰なわけですし」
おかげで多くの魔力を使わなければならず、最近常にだるさを感じたりしているのだが、そこには目を瞑ることにする。
そのうち、魔王陛下自ら理由を言い出すかも知れない。ひとまずはそれを待つことにして、のんびり暮らしていこう。
私はそんな風に、悠長なことを考えていた。
――背後に忍び寄る不穏の影に気づくことのないまま。
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