18:ショタ魔王子と仲良くしていたら魔王陛下がジロジロ見てくるのですが
城下町の散策が終わった私たちは魔馬車に戻り、それから旅を再開させた。
人間の国の馬車より魔馬車は揺れないのでそこまで疲れないが、とはいえ長い時間座らなければいけないわけで、当然疲れる。
魔王陛下たちは平気そうだったのだが、強くお願いして時々宿に立ち寄り、休息を取らせてもらうことになった。
毎日泊まることができないのは、魔国マニグルにおいて宿泊施設は数が限られているせいだ。しかもやたらと料金が高い。宿は基本、他国から足を踏み入れる旅行者のためにあるらしい。魔族は少し旅をしたくらいでは疲れないのだそうだ。
でも人間である私はそうではないので、夜や、場合によっては昼にも眠気が来てしまう。
私を気遣ってくれたらしいショタ魔王子が渋々ながら膝枕役を買って出てくれて助かったりした。
そんな時は決まって魔王陛下がジロジロ見てくるのが謎だったが、まあ大した意味はないだろう。
――そして魔国の観光旅行三日目、やっと宿まで辿り着いた。
宿でも部屋は、もちろん別々。
だがさすがに宿の部屋に光魔法の結界を張るわけにはいかず、仕方なく自分の身を守るだけの最低限の結界を保ったまま眠ることにした。
ここ数日、一部とはいえ結界を解除しても何も手出ししてこなかったので、少なくとも今すぐ魔王陛下やショタ魔王子が敵対してくるとは考えづらいが、念には念を入れるもの。
それに宿の従業員が皆魔物なので、どうにも油断できないのだった。
おかげでせっかく久々に横になれたのに、ろくに寝られない。
「うーん……?」
天井を見上げながらぼんやりしていた時、ふとドアノックの音を耳にして私は声を上げる。
そして返事も待たずに入って来る人影。こんなことが以前にもあったと考え、魔王城での初めての夜の魔王陛下だ、と思い出した。
「もしかして、魔王陛下ですか?」
「オレだオレ。それくらいわかるだろ」
「ああ、メオ殿下の方でしたか。もし魔王陛下だったら叩きのめすところだったので、良かったです」
別に魔王陛下のことが嫌いというわけではない。
サキュバスたちを侍らせるのは尊敬しないが、私を無理矢理襲ったりしないところは少しだけ好感が持てる。
とはいえ、さすがに再び無断で寝室に入られるようなことがあれば許しはしなかっただろう。
「オマエは、変な奴だな」
「そうでしょうか。私にとっては魔族や魔国の方がよほど変ですよ」
でもそう言いながら、思う。
生贄として魔国に嫁がされた時から私は変わったのかも知れない、と。
「ところでメオ殿下はどうしてここへ?」
「ここには書庫もないので暇だ。ここでオマエを懲らしめてやろうかとも考えたがあいつ――セオに止められたんだッ。だからオマエがオレの相手をしろ!」
相変わらずの無茶振りっぷりである。
「今は夜中ですよ。子供は早く寝ないと」
「オレを侮辱するかッ」
「侮辱じゃありません。私は心からメオ殿下のことを可愛いと思ってるんですから」
「可愛いとか言うな! 威厳があるだの強そうだの格好いいだのとオレを褒め称えるならいいが、よりにもよって……ッ!」
それはつまり、魔王陛下のようになりたいということだろうか。
魔王陛下は威厳があるし、格好いい。魔王を務めるくらいなのだ、当たり前のように強いに違いない。
でも先ほど魔王陛下のことをあいつ呼ばわりしていた気がするが……。実の父親への嫉妬なのか何なのか、よくわからなかった。
まあこれ以上は考えても仕方がないので置いておこう。
それよりも。
「メオ殿下の相手ですか。そうですね、どうせ私も寝られなかったので、横になったままでいいなら話に付き合ってあげますよ」
「ふん、仕方があるまいッ。オマエの故郷の話を聞かせろ。それで許してやる!」
「故郷の話……ですか」
私は言葉に詰まった。
私が生まれ育った王国。第三王子殿下の妃として生きるはずだった場所。そして冤罪を着せられ婚約破棄され、魔国に追いやられた――。
ただそれだけ。それだけの話だが、私にとっては思い出すだけで胸が痛む話だ。
今頃殿下は、そしてあの性根のひん曲がった男爵令嬢は、祖国で幸せに暮らしているのだろう。そう思うとなぜか涙が出そうになった。
話したら楽になるかも知れない。だが私が不名誉過ぎる形で魔国に嫁がされただけと知ったら、魔族が怒り狂い出す、そんな可能性も考えられて。
口を開くべきかどうか迷った時……再び、しかし今度は控えめなノックが聞こえてきた。
「話し声がしたので来た。入ってもいいか」
声でわかった。今度こそ正真正銘、魔王陛下だ。
この時ばかりは助かったと思って、入室許可をした。
入るなり魔王陛下はベッドの上で身を寄せ合っていた――正確に言うと、私は横たわった状態でショタ魔王子はベッドに腰掛けていたのだ――私たち二人を無遠慮に睨みつけた。
何か文句があるとでも言いたげなその視線を向けながら、彼は言う。
「……メオ。お前は俺の花嫁を奪うつもりか」
至って真剣な顔をしている魔王陛下だが、彼の言葉の意図がわからない。
どうしてそんなことを言い出すのかと私もショタ魔王子も首を傾げずにはいられなかった。
膝枕の時などはともかく、今の私とメオ殿下の間に甘い雰囲気など微塵も漂っていなかった。
それにサキュバスたちというお相手がいる魔王陛下は私が何をしようが問題ないはずだ。それでもたとえ名目上だけだったとしても自分の所有物――花嫁である私がこうして別の男と二人きりでいるのが気に入らなかったのか。
「すみません。誤解を招かぬよう言っておきますが、私はただ故郷の話をせよとせがまれていただけですので。ですが時間も時間なのでお帰りいただこうかと思っていたところでした」
「オマエ、さっきと話が――」
「魔王陛下、メオ殿下を連れてお帰りくださいませ。おやすみなさい」
その一言だけでどうやら安心したらしく、魔王陛下は頷いてくれた。
こうして二人を丸ごと追い払うことに成功した私は、ほっと小さく息を吐き、目を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔国での旅行は長い。この先が思いやられるばかりだ。
魔王陛下とメオ殿下の仲の険悪さは知っていたが、まさかそれを宿の部屋で見せつけられるとは思わなかったので驚いた。魔王陛下は案外独占欲が強いのだろう。
まあ、縛られてやるつもりは毛頭ないので関係ないが。それでもできるだけうまくやっていけたらいいとは思う。
――自分の故郷のことについてはあえて考えないまま、私は静かに眠りへ落ちていった。
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