24:思わぬ裏切り

 おそらく深夜と思われる時間帯、微睡んでいた意識が浮上した。


 最近、部屋にこもり切りなので寝ていてばかりだ。安全上のことを考えればいざという時の対策として仕方ないのだが、健康に悪いことを密かに気にしていたりする。


 が、今目が覚めたのはその心配事が理由ではなかった。

 かと言っておかしな夢を見たわけではない。寝苦しいこともない。――ただ、外が騒がしいだけだ。


 むっくりと体を起こし、毛布を剥いで、周囲を見回す。

 光が差し込まない真っ暗な部屋。今はシャンデリアの光も消されている。

 魔王城は広い。いつもなら、驚くほど静かなはずなのに、その夜だけは違った。


「グギェェェ――!!!」

「ガルゥァァァァアアアッ」

「ビィィィヤォォォ――――!!」


 悲鳴とも絶叫とも違う、おぞましい声。

 それがどことも知れない遠くからうっすらと聞こえてきていたのだ。


 ゾワリと毛穴が開き、背中に冷たい汗が伝う。

 あの声に私は聞き覚えがあった。魔国に初めて足を踏み入れたあの日の怪鳥、そして魔国巡りの旅の中で出会った数多の魔物たちのそれに、よく似ていたのだ。


 でもおかしい、と私は思った。この城で過ごしている魔物があのように吠え立てるはずがない。


 この魔王城には魔物は多いが、魔物にも種類がある。

 あくまで書庫の本で得た知識なのでうろ覚えだが、上位魔物と呼ばれる魔物は知能が高く、魔国の民の多くはこれにあたる。城で働いているのは人間で言えば使用人の役割を果たしている。魔王陛下の使い魔も上位魔物で、小型であることから使い魔として選ばれたと聞く。

 対して下位魔物は獰猛で、互いを食らって生きるし身の毛がよだつような声を上げるのが常だという。魔王城には近づかず、魔国の海岸寄りに生息していることが多い。


 しかしこの声は紛れもなく下位魔物のもので、だからこそ疑問を抱かずにはいられない。

 どうしてわざわざ下位魔物が、それも群れをなして魔王城にやって来たのか。


 そうこう考えているうちに魔物の声がだんだんと近づいてくる。

 あれは確実に城の中にいる。何かを探して、彷徨いているのだろう。


 その目標ターゲットは、人間である私かも知れない。


「グルルルルッ」

「ギャイィィィィィィォォォオオオ――!」


 もうすぐそこまで来ており、カツカツという不気味な足音も迫っていた。

 私は全身を固くし、ベッドの上で縮こまってその恐怖に耐える。それとほぼ同時に、バリッと扉の向こうで大きな音がした。


 おそらく扉に手をかけた魔物が、光魔法の結界によってはじき返されたのだろう。

 それでもこの結界も絶対の絶対に破れないわけではない。数で攻められて、どれだけ持つか。


 バリバリ、バリバリと聞こえる。

 結界を光魔法で補強しないとと思うのに、恐怖で体が動かなかった。


「だ、大丈夫です。だって魔物は魔王陛下の支配下みたいなものですし。それがちょっと暴走しているだけなのでしょう。きっともうすぐ魔王陛下が……」


 誤魔化しのように呟きながら、私は考える。

 このタイミングでこの異常事態。少しおかしいような気がする。まさか人間側が何か――。


 その時、扉の外で魔物たちの凄まじい絶叫がした。


 一体何が起こったのだろうか。

 もしかしてショタ魔王子が駆けつけてくれたのかも知れない。馬車旅の中で彼は何度か凶悪な魔物を手懐けていた。彼なら魔物の群れを簡単におとなしくさせることができるが――。


 でも、直後聞こえてきた声は彼のものではなかった。


「お妃様、ごきげんよう。ご無事でいらっしゃるかしらぁ?」

「魔物たちは私どもがやっつけたわ〜。安心してちょうだいね〜」


 色気たっぷりの女の声。

 ――魔王陛下が侍らせるサキュバスたちだった。


 まさか今ここで彼女たちの声を聞くことになると思わなかった。

 いつも私に蔑むような視線を向け、あるいは嘲笑っていた彼女たちがまさか助けに来てくれたとでもいうのだろうか?


「無事ですけど、あなたがた、どうしてここへ?」


「陛下に命じられたの。お妃様の無事を確認した上で連れて来いってね」

「そうそう〜。突然お城が魔物で溢れかえったものだから、魔王様はその処理に大忙しなの〜。どうしてこんなことになったかもわからなくて〜」


 ああ、そういうことか。

 それならまだどうにか納得がいく。ショタ魔王子はどうせ書庫に引きこもって眠っているだろうし、この騒ぎに気づけたのは魔王陛下と彼女らだけだったのだろう。


「……そうなのですね。外の魔物は駆除してくださったのですか?」


「ええ。サキュバスとて無力ではないの。

 けれど光魔法にはどうにも敵わないわ。お妃様、どうかこの結界を解いてくださらない? これでは迂闊に近づけないから陛下のご命令通りあなたを陛下の元に連れて行くことができないわ。もしくは光魔法の簡易結界なしで外に出ていただくだけでも良いけれど。

 魔物が襲ってきたら退治は私たちがするから外に危険はないわ」


 私はしばし考えた後、「わかりました」と答えた。

 この謎の事態が一体どうして起こっているのか、魔王陛下と話をする必要がある。いくら光魔法の結界を張れるとはいえ、大勢の魔物に囲まれて魔王陛下の執務室まで辿り着ける自信がない。それならサキュバスたちに頼るしかないだろう。

 少々不安はあるが。


 恐怖に強張る体をどうにか立ち上がらせ、ベッドから離れる。

 部屋の外に魔物の死体が無数に転がっているという残酷な情景を思い浮かべ、すぐに頭からかき消した。怖がっていても仕方ない。思い切って、ドアを開け放った。


 そして――。


「出て来てくださりありがとう。油断も隙もあり過ぎる方で助かったわ、お妃様」


 外で待ち構えていたサキュバス二人組に体当たりを喰らわされ、押し倒された。

 目を塞がれたのか、視界が暗転する。何が起こったのかわからず、ジタバタともがいた。しかし両腕両脚を掴まれていてまるで抵抗できない。


「な、何っ!? 離して!」


「いいえ、離さない。

 私たちが都合よく助けに来ただけの善なる存在だとでも思っていて? ああ、そうそう、あなたに光魔法を使われては厄介ね。だから、」


 唇に柔らかな何かが押し当てられた。


「甘い眠りに落ちていなさい」


 そしてその言葉の通り、私の意識は底なし沼のような眠りに引きずられていった。

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