25:奪われた妃 〜魔王セオside〜
「――妃が行方不明だと。一体どういうことなのだ」
俺は静かに、しかし最大限の威圧をかけて使い魔を問い詰めた。
魔王城には下等な魔物が叫び狂う声が響き渡り、いつになく騒がしい。
そんな中、身を縮こめる使い魔は情けなくも声を振るわせながら答えた。
「詳しいことはわかりかねます。ですがこの状況を考慮するに、ベリンダ様ご自身が逃亡を図られたあるいはどこかに潜んでいる可能性は低いかと。人間側が魔物を扇動し、ベリンダ様を誘拐したのやも知れません……」
「その可能性は否定し切れないが低いのはわかっているだろう。城の警備は厳重だ。それに人が魔物を操れるわけがない」
悪い想像ばかりが頭をよぎり、ベリンダの顔が脳裏に浮かんだ。
俺は舌打ちしたいのを堪え、執務室を飛び出す。
そして暴走してこちらに襲いかかってくる魔物を撥ね飛ばしながら、メオがいるであろう書庫へと駆けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
人間の国から非常識極まりない手紙が届いた数日後。
交渉のため何度か手紙を送り合い、向こうの頑なさに辟易していた頃のことだった。
誰もが寝静まる真夜中、この魔王城では決して聞こえないはずの魔物の吠え声がそこら中から聞こえて来たのは。
執務を片付けているうちに眠ってしまっていた俺は、魔物の声で目を覚ました。
異常事態が発生していると悟るなり、即座に使い魔を飛ばして状況把握に努めた。
そしてわかったのが、本来海辺に生息するはずの下位魔物の群れがどっと魔王城に押し寄せて暴れ回るという怪現象が起きたということだった。
それだけならまだ良かった。俺の魔力さえあれば魔物の暴走を止めるのはそう難しくない。その後に原因を調査すればいいだけの話なのだから。
しかし単なる魔物の暴走でなければ話は別だ。偵察から戻ってきた使い魔は言ったのである。――妃ベリンダの姿がどこにも見えないと。
彼女はちょうど、人間の国から身柄の返還を求められていたところだったから、誘拐されたに違いないことは明白。
よくよく考えれば、そのこととこの魔物騒動とは何かしらの関連があるのは確実だった。
少なくともこの城の中に協力者がいる。その人物が魔物を引き入れ、混乱の最中で妃を連れ去ったのだろう。
不安で不安で仕方なく、それと同時に彼女を連れ去った者たちへの猛烈な怒りが込み上げた。
そして、迂闊な警備でその隙を与えてしまった自分自身にも。
「せめて常に部屋の外に使い魔をつけていれば……」
「
「そんなわけがないだろう。……外で魔物が暴れている。そして何者かによって妃が連れ去られた」
「はぁ……ッ?」
メオは信じられないという表情で俺を見た後、グッと詰め寄ってきた。
「オマエは何してた!」
「眠っていた。お前も同じだろう」
「ぐぬっ。ま、まあいいッ。それよりその情報は確かなのかどうかが重要だなッ!」
「間違いない」
俺がさっくりと状況説明をすると、それを聞き終えたメオは唇を噛み、瞑目した。
「人間の仕業か。いや違うな、人間が魔王城に入り込めるわけがない。ってことはッ」
「何かわかったのか?」
「……ああ。というより、オマエにはわからないのか、セオ・マニグル。血筋だけが誇りの
非常時だというのにいちいち言い方に悪意があり、俺は苛立った。
だが今はそんなことよりベリンダが重要だ。何せ、俺の花嫁たる彼女の命がかかっているかも知れないのだから。
「わからん。教えろ」
「ふんッ。簡単な話だ。オマエにいつも侍っているサキュバスどもはどうした? 外が大混乱なのは聞いてりゃわかる。ならこんな大混乱の中、あいつらは息を潜めてるわけか。魔王もどきの助けでも待っているって?」
――あ、と俺は思った。
そうだ。どうして、たった今まで彼女らの存在を忘れていたのだろう。
俺に常に媚を売っていた、五人のサキュバス。しかも彼女らのうち数人かは数日前から見かけていないような気がする。
彼女らに対しまるで興味がなかったので、考えてもみなかった。
でも確かに彼女たちはベリンダに対し、あまり好ましくない態度を取っているという話を使い魔にも聞いたことがあったのだった。
彼女ら五人が共謀し、今回の誘拐を図ったということは充分にあり得る。あり得過ぎる。
「しかも、サキュバスが得意とするのは魅了術だろう。サキュバスの中でも魔力の多い上位サキュバスにとって、下位魔物を扇動し、暴動を起こすなど容易いこと……こんなこと、オレが教えるまでもないだろうッ! やはり馬鹿なのだなセオ・マニグル! やはりオレこそが――」
「……うるさい。とっととあのサキュバスらを捕らえ八つ裂きにし、花嫁を取り返しに行く。お前もついて来い」
「どうしてオレがッ」
「花嫁はどうやら俺よりお前の方が好みらしい。俺に助け出されてもそれほど嬉しくはないだろうからな。無論、お前の力に頼りたい部分もある」
悔しいことだが、メオは魔族最強だ。
サキュバスたちが束で襲いかかってこようが協力者を引き連れて現れようが、彼さえいれば無敵同然。連れて行かない手はない。
嫌がる彼の手を引っ掴み、外へ連れ出した。
そして俺は空中に漂ったまま気配を消していた使い魔へ命じる。
「使い魔はこの近辺を見張っていろ。怪しい者がこれ以上魔王城を荒らさぬような」
「はっ、かしこまりました。ただどうやらすでに怪しい者が近づいているようでございます」
使い魔がそう言ったのと
「陛下ぁ。ようやく見つけましたぁ」
「心配かけてごめんなさい。わたしたち、他のサキュバスとはぐれてしまって……」
艶やかで色っぽい黒髪を揺らす二人組が現れた。
俺はその二人に、ぼんやりと見覚えがある。不確かな記憶によれば数日間いなくなっていた方のサキュバスだったはずだ。
……もしそれが正しかったとすれば、なぜ今ここに戻って来たというのだろう。
それとも単なる俺の思い違いで、魔物騒動を扇動したであろうと想定される方のサキュバスたちなのだろうか。もう少し関心を持って彼女らを観察しておけば良かったと、今更ながら後悔した。
「いったいどこへ行っていたのだ、お前たちは」
「少し体調を崩し、臥せっていたのです。そうしたら外から魔物の声が……」
「見え透いた嘘を言うな。魔物をもたぶらかす魅了術を持っていたとして、俺の心を掴めると思うとは愚かにもほどがある」
「何を言ってるんですかぁ、陛下ぁ? 私たち、ただ」
彼女たちが現れた意図はわからない。
だが、そんなのは力づくで聞き出せばいい。甘ったるい声で言い訳を紡がれるのが耐え切れなくなった俺は、両手に闇魔法の塊を発生させ、鋭い刃としてサキュバスたちへ突きつけた。
「何のつもりかは知らないが、俺を騙そうとし、醜い嫉妬で妃を危険に晒したお前たちの罪は重い。よって、ここでお前たちを断罪する」
それまで媚び一色だったサキュバス二人の顔つきが変わり、驚愕と怯えに歪んだ。
「おい、オマエ、殺すなよ。そいつらにも話を聞くんだからなッ」
「当然だ」
しかし俺は容赦などしない。その端正な顔を涙でぐちゃぐちゃにし、洗いざらい吐かせるまでは。
――奪われた妃を取り戻すためなら何でもすると心に決めた。
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