27:愚か者は皆殺しだッ 〜魔王子メオside〜
別に、オレはあの女に絆されたわけじゃない。
魔法での勝負は悔しいことに負け続けているし、口車に乗せられて魔国中を一緒に旅する羽目になったりしたが、オレは今でもあの女が嫌いだ。
人間の国からセオの妃になるべく嫁いできたあの女。
オレたち魔族には天敵である光魔法の使い手である以上に、魔王妃という立場を鼻にかけて好き放題やっているところがどうも気に食わない。
そもそもセオのどこを見て魔王と呼べるのか。オレの方が魔王として相応しいのは、一目瞭然だろうに。
そんな女だが、彼女がもたらした変化は腹立たしいことに善きものと言えた。
ここ何年も――それこそ十五年以上――関係が最悪だったセオとの膠着状態も言える仲が少しは改善された。
あの女のせいで外に連れ回されたりしたが、書庫の奥の部屋で引きこもっている時よりはオレの力を周囲に知らしめられるようになったので悪い気はしない。
そしてあの不能のセオも変わった。
あの女とオレが話していたり、あの女とオレが同室にいるとオレを引き摺り出す。
常にあの女のことをどこかから覗き見ていたりもして、明らかに異性として気があることがわかった。
なぜそんなにあの女に入れ込んでいるのかはどうにも理解できない。子を作らないままだったらオレが魔王の座を奪う正当な理由もできたのでセオが女に興味を持ったことは正直言って残念だった。
そして今セオは、妃を攫われたことに怒り狂い、何年経っても衰えることのない――魔族には老いがないのだ――端正な顔をボリボリとかきむしっていた。
サキュバスの顔面を叩き潰し瀕死にまで追いやってようやく情報を吐かせ、妃の居場所を知れたはいいものの、気が気ではないらしい。
「オマエがそんな焦ってるところなんて初めて見たぞッ。それほどまでにあの女が心配だなんて、余裕のない魔王だな」
「うるさい」
「オレが代わりに魔王になってやってもいいんだぞ? そもそもオマエがサキュバスどもを放置してたからこんな事態になったんだからなッ! さっさとあの女に心の内伝えて『妃にはお前しかあり得ない』とか耳障りいいこと言ってサキュバスどもにも聞かせておきゃあこんなことにはならなかっただろうがッ」
無能のくせに無駄に魔王としての矜持だけが高いのは困る。
本当に面倒な男だとオレは思った。面倒さはあの女と本当にお似合いだと思う。
オレはセオに連れられて外へ。
セオの使い魔がオレたちを送り出す。
「ではお気をつけていってらっしゃいませ」
「クソッ。オレをいいように使いやがって。オレが本気を出したら城があっさり崩壊するんだぞッ!」
「――言っている場合か。早く行くぞ」
「行くぞってオレにやらせてるだけだろ、口だけ魔王」
オレの魔術で魔国から、遠くに見える大陸の方まで飛んだ。
セオには絶対にできない超特大魔法。これを使うと少し体がだるくなるが、それでも魔力は半分ほど残っているので、有事の時には対応できるだろう。
「後はお前がやるんだぞ。元よりオレは無関係なんだからなッ!」
「無関係ではないだろう。……が、お前の言い分は一理あるか。ベリンダを取り返すのは俺なのだからな」
臭いセリフにオレは苦笑する。
オレもサキュバスはあまり好きになれず、今のところ伴侶を選んだりはしていないが、誰かに対して恋情を抱くとオレもここまで変わるのかも知れないと思った。
まあ、そんなことは正直言ってどうでもいい。
早くあの女の元へ行って、オレのおかげでオマエは助かったんだと恩を売りつけないとな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
城の警備が緩かったので簡単に入り込むことができた。
セオの後に続くようにして、オレは人間の城の中をうろつきまわる。
「なんとも貧素な城だなッ」
人間なりに最高級の材質を使って城を組み立てているのだろうが、魔国とは比べ物にならないほどスカスカだ。
オレの本気の魔法を一つぶつけただけで粉々になることは間違いなかった。もちろん、あの女を巻き込むのでそんなことはできないししないが。
気配は感じられないものの、この城の中に三体のサキュバスがいることは確かだ。
うち二体は妃を連れ去ったサキュバス。そしてもう一匹は主犯と推測できる。
いくら魔王の寵愛を受けたいからとこのような短慮な行動に及ぶとは、上位サキュバスも腐ったものだと思う。
やはり世の中、血統を重視する者ほど愚かだ。下等魔物の子でありながら魔族最強のオレを見習えばいいのに。
などと思っていたその時。
「ふんッ。どうやら考え事をしているうちに仕掛けられたらしいな」
「そのようだ」
気づくと目の前には、斧や剣という人間の国特有の武器を手に持った者たちがずらりと並んでいた。
彼らは城の警備兵。狂ったような目をしてオレたちを睨みつけている。――先頭二人の兵士以外は。
「サキュバスたちの仕業と考えて相違ないな?」
セオが耳打ちしてきたので、オレは頷いた。
裏から手を引いているのは全て主犯のサキュバスだ。自分は決してオレたちの前に姿を見せず、愚かな人間どもを操り、愚かにも足止めをしようとしている。
その間に妃に何かするつもりなのだろう。殺すなり煮るなり焼くなり、それとももっと悪いことかも知れない。
「こいつらの相手はオレが引き受けてやる。だからオマエは先に行けッ」
セオは頷き、闇魔法で作り上げた球体を叩きつけて床に穴を空けると、その穴から階下へ落ちていった。
その芸当に驚きの声を上げる者はいない。何せ警備兵は皆、サキュバスに魅了されているのだから。
「……さて、これで邪魔者はいなくなったな」
オレは呟く。
そして先頭二人の兵士へ、言葉を投げかけた。
「変装お見事。あの馬鹿で一途な魔王には気づかれなかったぜ。まあオレにはバレバレだったが」
鎧の中に豊満な肉体を隠しているであろう兵士たち――改めサキュバス二人はあくまで答えない。
オレと戦った後、隙を見て逃げ出し、自らの関与を否定するつもりなのだろう。そうすれば証拠はなくなる。
でもそう簡単に逃がしはしない。
「愚かなる裏切り者は皆殺しだッ!」
オレの頬は嗜虐的な笑みで歪み、直後、白くふっくらとした指先から黒い閃光――闇魔法が迸った。
魅了術で操った兵士たちを盾にし、闇魔法から身を守ろうとするサキュバス二人組だが、そんなのは無駄な抵抗に過ぎない。
魔族最強のオレの魔法を受ければ肉の盾など容易く砕け散る。しかしそれは彼女たちも承知の上で、その間に二人がかりで魅了術を発動させ、オレを止めるつもりだったに違いない。
薄い桃色の濃厚な色気が城の廊下に充満し、目の前の景色が揺らぐ。
これがもしも上級サキュバスの子であることだけを理由に魔王に君臨している弱々のセオであれば、体の魔力を制御されて動けなくなっていたかも知れない。
――しかし、
「……最期の悪あがきでオレにも魅了術を使ったか。哀れだな、お生憎様オレには効かないッ!」
叫びながらオレはサキュバス二人に接近し、そのたわわな胸を鷲掴みにする。そして魔力を流して二人の体を内側から破壊しながら投げ飛ばした。
サキュバス特有の紫色の血が飛び散り、空中へ消えていった。
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