28:元婚約者への反撃

『不満、しか、ありません』

『私はもうパーカーズ家の娘のベリンダではありません。マニグル国の妃、ベリンダ・マニグルなのですよ』


 ――啖呵を切った直後、私は第三王子殿下にベッドへ押し倒されていた。

 優しさの欠片もない暴力を受けた私の眼前に、怒りに染まった彼の顔が迫る。


 魔王城では光魔法にいつも助けられていたけれど、魔族や魔物と違って闇魔法を身に宿していない人間相手では、光魔法の結界は役に立たない。

 私は無力だ。抵抗などできようはずもない。それでも、「許してください」なんて情けなく乞う気はさらさらない。


「何を生意気なことを。貴様は奴隷としてわたしたちに仕えるべき罪人だろうが!! 魔族に穢された女のくせに偉そうな口を叩きやがって!」


 第三王子殿下は私に脅しをかけているだけで、どうやら私の身を犯すつもりはないらしい。

 だがその間に魔王陛下への、そして魔族への悪意を吐き続ける。


「野蛮な魔族から救い出してやったのだ、感謝こそすれどうして歯向かおうなどと考える。愚かな貴様とはいえ、魔族の醜悪さは理解できるだろう。それとも魔族に絆されたとでも言うか?」


「ふふっ……!」


 殿下の上半身に押しつぶされ、息が苦しい中で私は笑った。


「確かに、魔族は怖い、ですよ。結界を張らないと、安心してお城の中を歩けませんし、魔王陛下なんて、何考えてるか、わからないし……。でもっ」


 第三王子殿下をまっすぐに見上げる。


「あなたの思うような醜悪な者じゃないと、思ってます。だってこんな私を、祖国で疎まれ嫌われた私に、いてもいいと言ってくれたんですから。

 醜悪なのは、他国の妃を攫い、乱暴を働く……恥知らずの、あなたたちでしょう!」


「――――ッ!!!」


 その瞬間、溜めに溜め込んだ体内の光魔法を爆発させた。


 光魔法は魔物や魔族に対してしか効かない。

 それはわかっている。だから事実、第三王子殿下に対して無力ではある。


 だがそれは攻撃を与える、または防御するという意味でのこと。

 輝かしい光魔法を思い切り爆発させれば、目を潰すくらいは容易にできる光量になる。


 第三王子殿下はあまりの眩しさに怯み、全身をこわばらせて固まった。

 私はその一瞬を見逃さない。蹴り飛ばすようにして彼をベッドから突き落とし、床に転がす。そして光に焼かれた目と激しく打ち付けられた全身に痛みに悶える第三王子殿下を見下ろし、息を吐いた。


「はぁっ……はぁっ……。これで、無力化、できたでしょうか」


「ああぁぁあぅううああぅうぁああああっ、貴様、貴様ぁ!!」


 無力化できたのはいいが、これ以上騒がれたら人に気づかれてしまう。

 しかしさすがに乱暴な方法――例えば首を絞めたり殿方の急所・・・・・を狙って再起不能にさせたり――はしたくない。とはいえ、こんな現場を見つかってはまずいことは確かだ。


 どうしようと考えているうちに、どこか遠くから争うような激しい音が聞こえてきて、私は背筋が冷たくなった。

 剣を叩きつけ合うような高い金属音。そして耳を澄ますと、かすかに話し声が聞こえてきた。


「ワタクシの方が彼女より魅力的だと思いませんこと? それに彼女とは違い、ワタクシはあなた様を愛しておりますわ。ですからぁ……」


 その声はなんだか聞き覚えのあるもののように感じた。

 そうだ。あれは確か、魔王城にいたサキュバスの一人。私を嘲笑っていた鼻にかかる女の声……。


 そして。


「戯け」


 こちらはすぐにわかった。

 間違えるはずがない。ここ数ヶ月ですっかり聞き慣れた氷のような冷たい美声を、私は知っている。


 ――ああ、やはり来てくれた。

 私の全身は安堵に緩み、緊張にこわばっていたのが脱力してもたれかかるようにしてベッドに身を横たえた。


 色々と限界だったのか、再び意識が薄れていく。

 その間際に鼓膜を震わせたのは、こんな力強い言葉だった。


「俺の伴侶はベリンダ・マニグルだ。たとえいかなる姑息な手を使おうが、彼女以外を妃とするなどあり得るはずがなかろう。――死ね」

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