第7話

 ゼッジと緑瞳の剣士は互いに剣を構え、相対する。

「さっさと勝てー!」

「ガキは少しはいいところ見せてみろよー」

 観客たちは声援ではなく野次を飛ばす。それはわからないでもない。何しろ圧倒的な強さで十九連勝した剣士に、小柄な少年が勝てるはずもないと思うのが普通だ。

 しかし緑瞳の剣士に油断は見えない。剣を構えたままゼッジを見据え、どんな動きも見逃すまいと凝視していた。

 対してゼッジといえば、同じく剣を構えているが顔は無表情というか無感情に近い、何もそこから読み取れないものだった。興奮も緊張も、恐怖すらもない。まるで仮面をかぶったかのようだ。

「似ている……」

 ゼッジの構えを見て、シーヤは師範の姿を思い出した。全身から余分な力がなく、ごく自然な立ち姿。

「剣試合、はじめ!」

 胴元の合図と同時に動いたのはゼッジだった。一瞬で間合いを詰めると、斜めに剣を振り下ろす。高い音が響く。剣と剣が激しく衝突した音。緑瞳の剣士が、初めてまともに剣を受けた音だ。

 周囲の観客が静まる。何が起こったのがわからなかったのだ。ゼッジの動きが速かったのもあるが、その体がいつ動いたのか理解できなかったのだ。

「師範と同じだ」

 シーヤは師範との稽古で、その動きの起こりがわからないことが常だった。一見すると力が抜けている体は、刹那の瞬間に動き剣を繰り出す。体の動きを見てから動く、それでは遅すぎるのだ。

「グッ」

 緑瞳の剣士は速さ以上に、受けた剣撃の重さに驚く。まるで巨漢の戦士が振るった斧を受けたかのようで、小柄な少年の剣とは思えなかった。

 立ち止まるのは危険だと判断し、後ろへ大きく下がる。初めて見せる動きに観客がどよめく。ゆっくりと円を描くように横へ移動する。

 ゼッジはその場所から動かず正面に剣を両手で構え、動きに合わせてゆっくりと旋回。その堂々した構えに、緑瞳の剣士は自分が誘われているのだと気づく。

「次はこちらの番だ、とでもいうことかっ!」

 挑発とも思える動きに、緑瞳の剣士は動く。ゼッジと同等の速さで接近し攻撃。激しい金属音。一度では終わらず二度三度と。

 当たれば即座に腕や足、首を切り落とす剣撃が何度も振るわれ激突し、いなされ虚空を裂く。

 激しい攻防に観客たちの熱量は高まっていく。シーヤも達人同士の闘いに胸が熱くなる。

「ふっ、ふっ」

 さすがに息が切れてきた緑瞳の剣士は、一旦距離をとると呼吸を整える。しかしゼッジは全く疲れている様子はない。剣試合が開始されたときと全く同じ表情と姿だ。

 緑瞳の剣士は背中の肌が泡立つような感覚がした。それは彼が久しく感じていなかった恐怖という感情だった。

「その若さで、その技量……いったい誰に鍛えられたのか」

 剣を握り直し体の横へ構える。剣先はゼッジに向けて。自身最速の突きの構え。寸止めなどしない明確な殺意をこめ、地面を蹴る。

 観客のなかではシーヤだけが見るきとができた超高速の突き。それをゼッジは最小限の動きで弾くと同時に、同じく突きを放った。

「私の負けだ……」

 緑瞳の剣士の喉元にゼッジの剣先が突きつけられていた。

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