第3話
シーヤは細い道をひとりで歩いていた。周りに見えるのは転がっている大小の石とまばらに生えた緑の草だけだ。人の姿や建物はどこにも見えない。
「あとどのぐらいだろう……」
シーヤはこれまで村から出たことはないので、今自分がどの場所にいるのかわかっていなかった。南に行けば街があるという知識だけを頼りに村を出たのだ。
村を出発したのは昨日だった。一日歩き続けたのに、目的地の影も形も見えずにいる。くじけそうになる気持ちを、ミラの苦しそうな顔を思い出し奮い立たせる。
黙々と足を進めていると、後方からなにかが近づいてくるものがあった。一頭のロバがひく荷車だった。御者には白いヒゲを長くのばした老人が座っていた。やがてシーヤに追いつくと親しげに話しかける。
「おんやあ? 子供がひとりでどこへ行くんだ?」
「街です」
「それなら途中まで乗っていくか?」
「いいんですか!」
「俺は街には行かんから、それでもいいんなら」
シーヤは喜んで荷車へと向かうと、すでに同乗者がいた。
「やあ」
「どうも……」
他に人がいると思っていなかったシーヤは驚く。
荷車にいたのはシーヤと同じ年齢に見える少年だった。麦色の髪はどこにでもいる一般的な色。顔つきも特徴がなく、すぐに忘れてしまいそう。足元に置いている袋は少年の荷物なのだろう。シーヤのものよりも大きく何かの革製だった。
しかしひとつシーヤの目が引き寄せられる特徴があった。少年の腰にある剣だった。
「君も剣を使うんだね」
急に少年に話しかけられたシーヤは剣から目をはなす。
「そ、そうだけど」
「いい剣だ」
シーヤの腰には本来は師範のものである剣があった。昨日、剣を返さずに隠しておいたのだ。家に持って帰れば両親から問い詰められるため、人がこない村外れの岩陰に隠しそれを持って村を出発した。
「おおーい、乗ったか?」
「あっ、いま乗ります」
「ほんじゃあ出発するぞー」
荷車は揺れながら動き出す。舗装などなにもない道なので揺れはあるが、自分で歩くよりも速くなにより疲れない。シーヤは大きく息をはいた。
「おまえさん、剣を持ってるってことは剣試合に出るんじゃろ」
「剣試合?」
「街は剣舞祭に向けて今からにぎわってるんじゃろうなあ」
シーヤは師範から剣舞祭について聞いたことがあった。今から千年より前の神話時代に【剣神】と呼ばれる者がいた。千の剣を持ち、荒ぶる魔物や悪しき神までその剣で切り裂いた。その剣神に認められると、彼が持つ剣を与えられたという。
その言い伝えから始まったのが【剣舞祭】だ。数年に一度、王都で行われるそれには数多の強者が集い、その強さを競う。名目としては剣神に自らの強さを認めてもらい、剣をもらうために。実際は富と名誉のためだが。剣舞祭で実力を認められた者は国の騎士となったり、有名な傭兵や冒険者として名を残す。
「剣舞祭は知ってますけど、剣試合って何ですか?」
「まあ、勝手にやってる剣舞祭みたいなもんよ。でもこれで有名になれば箔もつくし、剣舞祭でも目立つ。あと賭けもやってるから、それで勝てば金持ちになれるかもしれないなあ」
「賭け……でもお金ないから」
シーヤはほんの少しだけの所持金を思い出す。銅貨が二十枚ほど。セキア病の薬がいくらなのかわからないが、到底足りるとは思わない。だからといって賭け事などやったことがない自分では、それを増やせるとは思えない。
「だったら剣試合に出ればいいのさ」
シーヤは少年の声に、悩みうつむいていた顔を上げた。
「僕が剣試合に?」
「そうさ。剣試合で勝てば、賭けられていた金のいくらかがもらえる」
「そうじゃよ。剣試合で大金持ちになった剣士もいるって話よ」
少年と老人の言葉に、シーヤの瞳にかすかな希望の光が見えた。
「そういえば、君の名前を聞いてなかった」
「えっと、僕はシーヤです」
「俺はゼッジ。よろしく」
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