第19話

「敗北したのか、その少年に」

「はい……」

 ダブケリスの自室で片膝をついたルイレは、顔を伏せて血が出そうなほど強く唇を噛む。

「また来ます」

 ルイレに勝利した少年は、そのまま何をすることもなく剣を引いて去っていった。その後ろ姿が消えるまで見ていることしかできなかった悔しさを思い出し、拳を強く握る。

「お前が手も足も出ない強さとは、な。しかも若い少年が」

「……明らかに実力は私のほうが上でした。それなのに……」

「たわけが」

 ダブケリスは白い眉毛を吊り上げて一喝した。

「敗けたのはお前ではないか。見えているものだけが全てではない。何度も教えていたはずだ」

 ルイレは羞恥のあまり深くうなだれる。先ほどの言葉は子供でもないのに、ただの言い訳でしかなかった。

「どこの流派というのもわからなかったか?」

「はい。不思議なことにクセが全く無かったのです。ただひとつ、愚直なほどに正統な剣だと感じました」

 ダブケリスは机に肘をつき顎を手に乗せてルイレを見る。

「正統とは?」

「最初に騎士となるために教えられる構えそのものでした。体の正面で剣を両手で構え、両足を前後に軽く開き背筋を真っ直ぐ立てる。その見本のようなものです」

「ふむ。まさに基本中の基本。しかし上達するにつれて自身のクセや工夫によって、多少の違いが出てくるはずだが、それが無かったと?」

「はい。剣の教本に描くなら、あの姿を写しとるべきでしょう」

 それはつまり、少年が確かな騎士の技術を持つ誰かにそれを教えられたことを意味する。しかし屋敷の敷地へ忍び込むということは、その実力を見せて騎士団に入ろうというわけではないだろう。しかもルイレに傷ひとつ付けずに去っていった。

「目的はわからん。だが、また来ると言ったなら、そうなのだろう」

「次は絶対に敗けません! それと警備を増やしてもらい……」

「その必要はない。それに明日私は野暮用で屋敷へ帰れない。つまり来るとしたら、早くて明後日だ。使用人たちに暇をやれ。屋敷に残るのは私とお前だけだ」

「しかしそれでは」

「狙いは私なのだろ? ゆっくり待とうではないか」

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