第22話
ダブケリスは険しい顔で剣神を睨む。一点を見ないで全身をぼんやりと認識する。どんな動きも見逃さないように。
本当に神話に登場する剣神なのか。それはまだ信じられないが、対峙すると相手が人外の実力者だと肌で理解した。
人が扱える重さではない大剣を、片手で振るう筋力だけなら勝つ自信がある。しかしその立ち姿には、隙が全く存在しなかった。
「なんだ、来ないのか?」
大剣を肩に担ぎ、口の端を上げてみせる。安っぽい挑発ではなく、純粋に疑問に思っている様子だ。
「じゃ、いくぞっと」
ドラゴン爪が襲ってきたようだった。回避は無理だと悟ったダブケリスは槍で受ける。そのまま吹き飛ばされた。
「ぬう」
受ける瞬間、後ろへ飛ばなければ槍を両断されていただろう。この槍は全て鍛鉄で作られているが、剣神ならば枝のように斬る。
「よく受けたな」
剣神の笑顔。ダブケリスも小さく笑みを浮かべ、今度は自分から足を踏み出した。
超高速の三連続突き。それを大剣で防がれる。それでも再び突く。
長年鍛え続けた槍の極意。それでも届かない。
「そんな……」
ルイレはダブケリスならば、たとえ剣神であっても勝てると信じていた。けれども、自分では到底たどり着けそうにない高速の突きが、完全に防がれてしまっている。
「シッ!」
「おらっ」
左右に激しく動きながら、無数の突きを繰り出すダブケリス。
当たれば大木すら斬る斬撃を、軽々と行う剣神オルロム。
互いに決定打になる攻撃はなく、月光のなかで槍と大剣が火花を散らす。
「ハア、ハア……」
「それがお前の槍か? そうじゃねえだろ」
剣神が連続で大剣を振るう。まるで嵐だ。途切れることのない攻撃の一撃一撃が必殺の威力。ダブケリスは防ぐだけで手一杯だ。
ギャリギャリと槍を大剣で削られる。まるで巨人に鉄ヤスリで削られている気分だ。
「ぐっ!」
苦し紛れの突きは簡単に見切られ、距離をとることも許されず、またも刃の嵐のただ中に放り込まれる。
「突くだけがお前の槍じゃねえだろ」
ダブケリスの体が大きくはじき飛ばされ地面に転がる。
(こうして地面へ転がるなど、いつ以来だ)
若きころダブケリスは何度もこうして地面へ倒された。幼いときの稽古では大人に何度も。王直属の騎士となってからはクライスに。
(そうだった)
ダブケリスは今でこそ立派な騎士であるが、その本質は喧嘩早く直情的な人間だった。
「オオッ!」
ダブケリスは突きを放ち防がれると、槍を回し横に殴り付けた。そこで終わらず次は縦に振り下ろし、しつこく何度も当たるを幸いに槍を振り回す。先ほどまで見せていた美しい突きと比べると、荒々しく雑に見えた。
「いいじゃねえか!」
「フハハハ!」
ダブケリスは自然に笑っていた。
彼が猛将と呼ばれたのは、ただ百人を倒しただけではなく、その戦い方からでもあった。槍を突くにではなく、振るうことで敵を殴り倒していたからだった。百人のうち八十以上が殴り倒したと噂されるほどで、槍使いではなく棍棒使いとまで揶揄された。
ダブケリスはただ戦い相手を倒すことしか考えていなかった、あの頃に戻っていた。剣神に自分の技が通じないなどはどうでもいい。殴りつければ倒れる。だから槍を振る。
剣の嵐と槍の嵐が衝突した。剣と槍が衝突するたびに稲妻が発生する様だ。槍を握る腕が痺れ、それを無視して再び振るう。
鬼のごとき表情で槍を縦横無尽に振り回すダブケリスは、ルイレが初めて見た姿だった。彼が憧れた騎士としての姿ではなかったが、幻滅などしない。それこそがダブケリスのあるべき姿だとさえ感じた。
「オオオオッッッ!」
やがて嵐が消えるときは来る。
頭を叩きつぶすべく振り下ろされた槍を、それよりも速く大剣が叩き落とし、跳ね上がった刃がダブケリスの顎下に添えられた。
「裁定は終わった」
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