第5話
「そうなんです。ミアが、幼なじみの子がセキア病になってしまって。どうか薬を売ってください」
「まあ、薬はあるが」
「本当ですか! あっ、でも高いんですよね……僕、これだけしか持ってないんですけど」
シーヤは銅貨が入った小袋をカウンターに出す。
「汚いな……」
太った男は汚れた袋に顔を歪めながらひっくり返し、中身を乱暴に出して数える。
「銅貨が二十枚か」
男は不安そうにしているシーヤを、目だけ動かして観察する。
(見るからにみすぼらしい格好だな。このへんでは見ない格好と、この銅貨からすると、どこか田舎の貧乏な村人ってところだな)
シーヤを上から下まで観察していた男は、その腰にある剣を見つけた。
(古そうな剣だが、つくりは良さそうだな。このガキはセキア病の薬の値段を知らないようだしな……)
「さすがにこれじゃあ売れないな。薬は銀貨十枚だ」
「そ、そんな! どうにかなりませんか!」
「そうだなあ……おお、その腰にある剣をもらえるなら銅貨二十枚で売ってやろう」
「それは無理です! これは師範の剣で、僕のじゃないんです」
「それは残念。だがなセキア病はほっておくと死ぬことがある病気だぞ。時間がないんじゃないか?」
「…………」
シーヤは剣の柄を左手で強く握る。何も持たない右手も同じく握りしめていた。
「……少し考えさせてください」
シーヤはカウンターの銅貨を集めると、肩を落として店を出た。
「はあ……」
シーヤはあてもなく街をさまよっていた。頭に浮かぶのは苦しそうなミラの顔。もしかしたら今すぐにも死んでしまうのかもしれない。ならばすぐに薬を買い、村に戻らなければならない。
しかし薬を買うには、この剣を手放さなくてはならない。シーヤの物ではなく師範から貸し与えられたものだ。本当は稽古のあと返さなければならないのに、無断で持ち出している。勝手に売っていいものでは決してない。思い出もつまっている。
ただの農民の子供だったシーヤは、ある日ふらりとやってきて村外れに住み着いた師範が剣を振っているのを見て、無理やり弟子にしてもらった。それから何年も木の棒しか握らせてもらえず、やっと剣を与えられたのは一年前だった。
剣をもらった当初は、これで自分も一人前だと思った。だがそれは間違いで、剣を握ったときからが稽古の本番だった。腕が上がらなくなるまで剣術の型を繰り返し、足腰が立たなくなるまで師範と実戦形式の稽古をする毎日。死ぬかと毎回思うのだが、自分の実力が上がっていくことを実感するので、やめようとは思わなかった。
しかしその鍛えた剣術の腕も、セキア病には勝てない。どうすればいいのかと苦悩していると、大勢の人間の声が聞こえた。
「いけ! やれ!」
「俺はお前に賭けたんだ! 負けたらぶっ殺してやる!」
「やっちまえー!」
物騒な男たちの大声と叫びが途切れることなく続いていた。
「なにをやっているんだろう?」
シーヤは引き寄せられるようにフラフラと声が聞こえる方向へ向かった。
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