第15話

 ダブケリスはチェスの駒を動かす指を止め、チェス盤から顔を上げた。

「……」

 壁にかかる槍を見る。長年使い続けた、慣れた長さと重さの槍。槍は消耗品なので、ずっと同じものを使い続けてはいない。猛将と呼ばれた男の戦いかたは武器を消耗させる。

「……もう何年前になるか」

 ダブケリスは目を閉じて椅子に背をもたれる。

 彼は地方領主の次男として生まれた。兄は十歳も離れていて優秀だったので、ダブケリスが領主候補になることもなかった。そもそも性格が領主に向いてい。

 幼少の頃から勉学は苦手だったが、武術の才能は抜群だった。性格は暴力的で、何かあればすぐにケンカを起こす。領主の息子でなければ牢屋に何度も入れられていただろう。

 ダメ貴族だったダブケリスは、国の内乱で有名になる。隣の領地が急に反王国側に寝返り、こちらに襲いかかってきたのだ。

 その戦いでダブケリスは百人を槍で仕留め【猛将】と呼ばれた。

「私も若かった」

 老いたダブケリスの口に苦笑が浮かぶ。

 内乱が終息した後、その働きが認められダブケリスは王直属の騎士団の一員となった。しかしその性格からトラブルをいくつも起こす。

「貴様、そんなに戦いたかったら私が相手になろう。そして自分の弱さを知るがいい」

 そう言ったのは、当時の王国で最強と噂された剣士クライスだった。もちろん挑発にのったダブケリスは戦い、敗北する。

 それから彼は何度もクライスに挑戦し、倒され、訓練し、挑戦する。そのうちに騎士としての心得や立ち振舞いを覚え、やがて立派な騎士となった。

 王都で騎士として十分勤めたあと故郷へ帰り、兄の息子を主とした騎士となり、今がある。

 以前は指南役として騎士たちに稽古をつけていたが、ここ数年はやっていない。

「クライスが亡くなってからか……」

 王国最強のクライスも老いには勝てなかった。その時、ダブケリスのなかで何かが終わった。人生のほぼ全てを騎士として捧げた。結婚はしていないので子供もいない。

「……」

 脳裏に浮かんだのはルイレの稽古に励む様子だ。そして純粋にダブケリスを尊敬する瞳の輝き。

 応えたいとは思う。しかし心にその熱は持っていなかった。

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