第8話

「しょ、勝利したのは少年剣士だー!」

 観客たちが一斉に吠える。とんでもない番狂わせだ。緑瞳の剣士に賭けていた者は泣き、ゼッジに賭けていた者は喜び叫ぶ。

「すごい……」

 シーヤは二人の剣士が魅せた激闘に全身が痺れるような気持ちだった。無意識のうちに剣の柄を握っていた。勝者であるゼッジを見ていると、彼の顔がこちらを向いた。

 シーヤとゼッジの目が合う。どちらも目をそらさない。観客たちの騒ぎがおさまらない中、シーヤの耳に音は届かず静かだ。

「さあ、二十連勝を阻止した天才少年剣士に挑戦するやつはいるかー?」

 その声に進み出る者がいた。シーヤだ。

「…………」

 自分でもなぜ挑戦するのか理解できていなかった。ただ、ゼッジは何も言っていなかったが、シーヤには聞こえた。

『来ないのか』と。

 一歩進むたびに胸の鼓動が速くなる気がする。緊張で手足が冷たい。それでも足は止まらない。

 近づいてくるシーヤの姿を見て、胴元の男は目を見開き慌てて走り寄ってきた。

「きみ、きみ! まさか剣試合に出るつもりか」

「はい。そうです」

「さっきの闘いを見ていなかったのか? いくら勝てば金がもらえるからって無茶はやめるんだ。同じ年頃だからといって、相手は化け物なんだぞ」

「お金がもらえるんですか?」

「知らなかったのか。勝てば賭けられた金の一部がもらえるんだ」

 それはシーヤが闘う理由になった。

(お金がもらえればミラの薬を買える!)

「やります」

 シーヤの瞳から決意が消えないのを見た胴元は諦めた。

「次の挑戦者はこの少年だー! さあどっちに賭ける!」

 観客たちは薄ら笑いを浮かべてシーヤを見る。彼らの視線は全く気にならない。こちらを見るゼッジの視線が、全身を針のように突き刺していたからだ。

 マントを脱ぐとその上に少ない荷物が入った袋を置く。そしてゼッジへとゆっくり歩み寄り、十歩ほど離れた場所で立ち止まる。

「スー、フー」

 一度呼吸を整え、鞘から剣を抜く。毎日の稽古で使い続けた柄は、完璧に手に馴染んでいる。両手で柄を数度、力を入れて握りなおす。

 ゼッジはその様子を、剣を片手にただ静かに見ていた。

「ちっ。雑魚を相手では何も見れないか」

 緑瞳の剣士はシーヤを見て舌打ちをした。自分に勝利したゼッジの技を見るため、彼は観客の一員となっていた。

「あいつはさっきのガキじゃないか。こりゃあ楽な賭けだな」

 シーヤが薬を買えなかった店の太った男は、そう言ってゼッジに所持金のほとんどを賭けた。彼はゼッジが闘っている最中に観客となっていた。しの強さを見たので、シーヤが勝てると思っていない。

 賭け金が集まり終わるのを確認した胴元はうなずき、大きく息を吸い、叫んだ。

「はじめっ!」

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