普通
「委員長。私のこと、助けてくれるんだよね?」
私は委員長の手を握ったまま、そう伝えた。
「でも本当に良かったの? 友達なんでしょ?」
「いいんだよ」
私は寂しさを覚えながら、廊下の窓の外を見た。テニスコートでテニス部員たちが練習をしていた。でもそこに麗の姿はなかった。
「それで、まずは何をすればいい? 私を麗みたいにしてくれるんでしょ?」
私が真剣な表情でみつめると、委員長もすぐにいつもの委員長に戻った。
「とりあえずは勉強ね。あなたは基礎的な部分からして壊滅的だから、まずは地固めから始めて行きましょう。ついてきて。図書室を使わせてもらいましょう」
私は委員長の後をついていく。渡り廊下に差し掛かったところで、突然委員長は振り返って囁いた。
「ところで、私の名前。紗香さんは知ってるの?」
「知ってるけど、それがどうしたの?」
「役職名で呼ばれると、なんだか嫌な気持ちになるのよ。しっかり者であることを求められているようで」
「……千波は委員長になる前からしっかり者だったと思うけど」
「え?」
「だっていつもクラスまとめてたでしょ。グループつくるときとかも余ってる人がいたら、率先して自分のグループにいれてたし」
千波はぽかんとした表情をしていた。かと思えばニヤニヤしている。
「あなた、意外と私のこと、見てたのね」
「そんなに嬉しい?」
「嬉しいわよ。賞賛を求めてやってたわけじゃないけど、やっぱり見てもらえてたんだって思うと、嬉しくなる」
「ふーん」
私も小学生の頃は麗に些細なことをよく褒めてもらっていた。そのたびに嬉しくなっていたことを覚えている。それと同じようなものだろうか。
図書室に向かいながら、私たちは話す。
「なんていうか、私がそういう気配りをすることって、暗黙の了解みたいになってるでしょ。委員長として当然でしょ、みたいな。だからなおさら嬉しいのよ」
「委員長には委員長で悩みがあるんだね」
「委員長じゃなくて、千波でしょう?」
「あー。ごめん。千波」
千波と話していると思う。もしかすると麗にも私の知らない悩みがあったのかもしれないと。問題児である私は当然として、麗自身に関する悩み。例えば、優秀であることのプレッシャーとか。
「千波はさ、優秀でしょ?」
「まぁ、人よりはね」
「だったらプレッシャーとか感じることはあるの?」
「うちはちょっと母が厳しめだから、少しでも成績が下がるとあたりがきつくなるのよね。だからそういう意味ではプレッシャーとかあるかもしれないわ」
「委員長、じゃなかった。千波にも色々と悩みあるんだね。私はてっきり、悩みなんてないウルトラハッピーな人生送ってるのかと思ってたよ」
「そんなわけないでしょ、人間だれしも悩みくらいあるわよ」
そんなことを話していると、私たちは図書室にたどり着いた。テスト期間が近づいてくると一杯になるのかもしれないけど、今は生徒は疎らだった。その中に、私は町田の姿をみつける。分厚い参考書を熱心に読んでいるようだった。
私と一緒に日直を担当するという貧乏くじを引いた女子生徒だ。学年でトップの成績を取るほどの秀才。流石、こんな時期から勉強か。そう思っていると千波はずんずんと町田の傍まで歩み寄っていく。
「町田さん。ちょっと勉強を教えてもらいたいのだけど」
千波はちょうどいい人物を見つけた、と言わんばかりに表情を輝かせていた。
委員長に勉強を教えるのかと勘違いしたらしい町田は、笑顔を浮かべていたけれど、私の姿を見た途端に顔をしかめる。これでもかというくらい、顔をしかめる。
まぁ、これが普通の反応だよね。千波がおかしいだけなのだ。
私が千波に誘われて正面に座ると、委縮したのかその小さな体をさらに小さくしていた。
「どうか私と一緒にこの人を、学年一位まで押し上げてくれないかしら」
「……えっ?」
困惑する町田に千波は事情を説明する。これまでの不良たちとは決別したということ。私が楓という名前の妹に信じてもらえるくらい品行方正になりたがっているということ。そのためにまずはテストで一位を取ろうと思っているということ。
それを聞いた町田は困惑しながらも、こんなことを告げる。
「私一応、前回一位なんですけど。それを結構な強度で、アイデンティティにしてるんですけど。その私に一位にするように頼み込んできますか……」
「お願い!」
千波は頭を下げて、頼み込んでいた。当事者である私が黙ってみているわけにもいかない。
「私の悪名は町田も知っていると思う。だから教えたくないって思うのも当然かもしれない。でも私は……」
だけど町田は遮って告げる。
「決意表明なんてどうでもいいです。世の中は等価交換。私の提示する条件を満たしてくれたら、教えてあげてもいいですよ?」
私は少しいらっとしながらも、その条件とやらを問いかける。すると町田は笑顔で答えた。
「私の足をなめてください」
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