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「ただいま」
私は家に帰って、リビングに向かった。お父さんとお母さんが「おかえり」とあいさつをしてくれる。きっと委員長である千波のおかげなのだろう。
「今日も勉強してたのか?」
「そうだよ。委員長は賢いからわからないところがあったら、すぐに教えてくれるんだ」
「……そうか。お前は本当に変わろうとしてくれているんだな」
「ごめんなさいね。信じてあげられなくて」
「本当にすまなかった」
お父さんもお母さんも真剣な表情で謝ってくれる。私は別にいいよと笑いながら、自室へ向かった。するとすぐに楓が飛んでくる。
「お姉ちゃん! 千波さんと自転車に乗ったんでしょ? どうだった? ねぇどうだった?」
あの幸せな時間のことを思い出して、自分でもわからないうちににやけてしまっていたらしい。楓は目ざとく、私たちが何をしたのか見抜いたようで「そっか。おめでとう! お姉ちゃん!」と笑っていた。
でも私は思い出す。あの母親はきっと私を認めはしないだろう。守りたいものは増える一方なのに、私の力はまだまだ弱い。もっと頑張らないと。週末のお出かけだって、千波抜きでやらないといけない。
それでも、頑張らないと。
その日の夜、お風呂上り、一人で勉強をしているとメッセージが届いてきた。
「私もお出かけ行きたかった」
その一言だけだった。
でも私はそれだけで千波の悲しみを理解してしまう。千波はずっと誰とも遊べなかった。友達はいても親友と呼べる人はいなくて、外で遊ぶことはなかった。だから心から焦がれていたはず。
私はスマホをタップしてこんなメッセージを送る。
「明日の朝、六時半、迎えにいくから準備してて」
〇 〇 〇 〇
土曜日の朝なのに、私は早起きをした。朝の六時半なら千波の両親もまだ寝ているだろうと考えてのことだった。私はまどろんだ空気の中、身支度を整える。そして楓の部屋の前で小さく「行ってきます」とささやいてから、家を出る。
そして自転車にまたがった。
朝の空気はまだ冷たくて、手がほんの少しかじかんでいる。白い息は出ないし、切るような冷気ではないけれど、冬の面影は未だに残っていた。
千波は待ってくれているだろうか。あの母は厳格というより、過干渉なのかもしれない。子供の交友関係に口を出す人だ。きっと千波はこれまでもずっとこうすべきだ、ああすべきだと干渉されてきたのだろう。
それを跳ねのけて、私を待ってくれているか。とても不安だった。
それでも自転車は進んでいく。
まだ車通りも人通りも少ない静かな街をひた走る。腕時計は六時二十分を示していた。美月たちと待ち合わせをしたのは、朝の九時だからだいぶ時間がある。でも千波が両親に見つかるリスクを避けるのならできるだけ早い方が良い。
一つ角を曲がれば千波の家がみえる。そんな場所までやってきた。私は千波の姿があることを願いながら、ハンドルを切った。
そこには、笑顔の千波がいた。私の存在を認めて、ニコニコとしている。余所行きの格好をした千波はいつも以上に美人だった。
私はできるだけ音を出さないように、ゆっくりブレーキをかける。すると千波は手際よく後ろに乗って私のお腹に手を回した。
「ありがとう。紗香」
「こちらこそ、待っててくれてありがとう」
私はペダルをこいで千波の家から離れた。
住宅街を出て川沿いに来ると、千波はささやいた。
「きっと怒られるだろうなぁ」
「それを覚悟で私を待っててくれたんでしょ?」
「……うん。でもこのことがばれたらきっと私は紗香と一緒にいさせてもらえなくなると思う。お母さん、いくら説明しても紗香が不良じゃないってこと、納得してくれなかったのよ」
「一位を取ればいいだけだよ」
私がそう告げると、千波はくすりと笑った。
「どんどん重みが増していってるわね」
「それだけたくさんの大切なものを見つけられたってことだよ」
そう告げながら、私は麗のことを思い出していた。麗はきっと私なんかよりも遥かにたくさんの大切なものを持っていたはずだ。それなのにその全てを投げ出して、楓を救うために命を落とした。
果たして、そんなことが、今の私にも可能だろうか?
悩んでいると、千波はぎゅっと私に体を寄せてきた。
「……好き」
甘い声でそんなことを囁いてくる。人に頼るのが苦手で、友達はいても親友はいないとか言っていた癖に、いざ恋人になったらこんなにも甘えてくる。みんなが知らない千波を知っている私は、本当に幸せ者だなと思う。
「私も好きだよ」
すると千波はますます強く私を抱きしめた。
「またキス、したいな」
私はすぐに自転車を止める。周りに人気のない細い道だった。
私と千波は自転車から降りて、見つめ合う。
ほんの少し前までは友達ですらなかったのに、顔をみても何も思うことなんてなかったのに、今ではもう、全てを自分のものにしてしまいたい、なんて思ってしまう。
先にキスをしたのはどちらからだろうか。それすらも分からないほどに、お互い引かれあっていく。まるでそれが必然であるかのように、唇を触れ合わせた。何度も何度も触れ合わせて、少しずつ高ぶっていく。
私はほんのわずかに残った冷静さで、周りに人がいないことを確認した。
それから、千波に確認する。
「知識だけでしか知らないんだけど、もっと気持ちいいらしいよ? 舌を入れたら」
「紗香って、結構エロいんだね」
「千波だって」
私たちはほとんど同時に目を閉じて、舌を絡め合わせた。唇を触れ合わせるだけでも溶けてしまいそうだったのに、このままだと昇天してしまいそうだ。舌は味を感じるためにあるというけれど、まさか千波の味を確認するために使うことになるなんて。
とても甘くて、蕩けてしまいそうなほど気持ちいい。目を閉じているとなおさらその感覚が強まっているような気がした。私は快感に耐えかねて目を開ける。
すると、頬を赤らめた千波が必死で私を味わっていた。少し下品な顔になっていたけど、それがむしろ色っぽくて、私の口の中を味わったせいでそんな顔になっているのだと思うと、とても嬉しかった。
それにしても、どんな味がしてるのかな。私の口って。
思ったけど口にしない。
ただ、おいしそうに私を味わっている千波をみるだけで満足だった。
私たちはほとんど同時に息が続かなくなって、唇を離した。するとそこには唾液の橋が架かっていて、なおさらいやらしい気持ちになってしまう。千波は委員長なだけあって、真面目ぶった顔ですぐにその橋を壊していた。
私はもう少しみていたかったんだけどな。私と千波がつながってるところ。
「そ、それじゃ、そろそろ行きましょうか」
千波は私から視線を外しながら、物欲しそうな顔でそう告げた。まだしたいくせに、そんな真面目ぶって。でもここは千波の言うことに従っておくことにする。
この調子だと九時になっても目的地にたどり着けなさそうだから。
「そうだね」
私は自転車にまたがった。千波もすぐに後ろに乗って、私のお腹に手を回す。ペダルをこいで早朝の涼しい風を浴びても、火照った体はなかなか冷えてくれなかった。
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