激突
待ち合わせ場所には不服そうな顔をした美月たちがいた。それでもおしゃれはしてきているみたいで、よく似合っていた。
「今日はあんたの本性を暴いてあげるわ。覚悟しておきなさい」
「そうだね。それじゃ今日はよろしくお願いします」
私が頭を下げると、みんな少なからず驚いているようだった。
「演技なんてしても無駄よ。絶対に見抜いてやるから」
どこまでも頑なな態度だった。でも諦めるわけにはいかない。
「それじゃあ、ウィンドウショッピングでもしようか」
私がそう告げると美月は笑った。
「ウィンドウショッピング? あなたは随分と貧乏なのね。まぁそれもそうね。不良にお小遣いをあげたいと思う親御さんは少ないものね」
そういうわけではないんだけど私は思いながら「そうなのかもね」と告げる。単純に駅前の洋服屋さんは値段が高いものが多いから、私たちのお小遣いじゃ厳しいと思ってのことだったのだけど、どうやら美月はお金持ちみたいだ。
私が主張を認めたからなのか美月はとても楽しそうにしている。千波は不満そうだけど今日の目的はみんなと仲良くなることだ。こらえてくれていた。
私たちは駅前や駅近くのデパートなんかの洋服屋さんを巡った。美月は試着室に入って色々な服を試しているみたいだった。それを取り巻きの女子たちが褒めたたえている。
「ねぇ、あなた達。私とそこの不良。どっちの方が可愛いかしら?」
「もちろん美月だよ。素材からして全然違うよね」
「そうよね。そうよね。不良は麗さんに才能も容姿も性格もみんな吸われちゃったのかもね」
けたけたと笑っている。気付けば千波は鬼みたいな顔をしていたけど私が慌てて抑える。
「ここでキレたら仲良くなれないでしょ?」
「そうだけどこの人たち……」
「いいんだよ」
私は麗じゃない。だから麗のように全て上手くできるなんて考えてない。これまでの負債がある。私はろくでなしだった。だからこれくらいは受け入れないといけない。
そのとき、美月の取り巻きがまぬけ面の犬がプリントされた凄まじくダサいTシャツを持ってきた。
「これだったらあの不良に似合うんじゃないかしら」
すると美月たちは爆笑した。
「ホントね。まさしく馬鹿ですって感じだものね? 学年最下位さん?」
我慢できなかったのか、千波は拳を握り締めて話していた。
「紗香は頑張っているのよ? 毎日勉強して、本気で一位を取ろうと、麗さんみたいになろうと努力してる。なのになんなのよ。その態度は。あなた達、ずっと思い込みで話してるばかりじゃない。馬鹿なのはあなた達よ!」
すると美月たちは気の毒そうに千波をみつめている。
「あらあら。心から気の毒に思うわ。委員長さん。あなたはもっと利口な人かと思っていたけど、人を見る目は無いようね。何度も繰り返すけど、そんなクズが麗さんみたいになれるわけないじゃない」
「……紗香。帰ろう」
千波は目元に影を落として、私の手を掴んだ。
「私が悪かったわ。こんな奴らを遊びに誘えなんて。私、たくさんの人と遊びに行けば、きっと二人よりももっと楽しくなるって思ってたのよ。この人たちだって紗香のこと、分かってくれるって思ってたわ。だって紗香、本気で頑張ってるから。でも、私が間違ってた。……こんなの全然、楽しくない」
私は千波がどれだけ今日を楽しみにしていたかを思い出していた。許可を取らないと友達とは遊べないくらい母は過干渉で、千波さん自身も外で遊べるほど人と深い関係になるのが苦手で。だからきっと誰よりも今日を待ち望んでいたはずなのに。
こんなの、あんまりだ。
気付けば声が漏れ出していた。
「お願いだから」
「はぁ? あなたのお願いなんて聞くわけないでしょう。不良のクズ」
「お願いだから、嘘でもいいから、今日だけは、そんなこと言わないで。土下座でもなんでもするから、だから、表面だけでいい。私と仲のいいふりをして欲しい」
「紗香っ!」
千波が心配そうに私をみつめている。ここに来たのが私だけなら、ずっと堪えていたはずだ。でも千波がどんな気持ちでここにやって来たのか、私は知っている。
千波には今日という日を楽しんでほしかった。
「土下座? あなたにそんなことをする覚悟があるの? 何のためかは知らないけど、そこまでして私たちと仲良くなりたいわけ? 意味が分からないわ」
「私は麗みたいにならないといけない。そのためにはみんなと仲良くなって、誰もが笑顔になれる世界を作らないといけない。麗がいる場所はいつだってそうだった。いつだって、みんな笑顔だったんだよ。でも私は……」
たった一人、誰もいない町を歩いていく麗の姿が、頭をよぎった。
「私は、最後まで、麗を笑顔にしてあげられなかった」
「もしかしてあなた自分に酔ってるの? 気持ち悪い」
「なんでそんな態度を取るのよ? これでも嘘だって思えるのあなた達は。紗香は本気なのよ。本気で後悔しているのよ。これまでの振る舞いも、麗さんに反抗し続けてきたことも、全部全部!」
私は床に膝をつける。
「ちょっと、なにしてるのよ」
美月はあからさまに動揺していた。私は体を折り曲げて、床に頭をつけようとする。これでいい。これで表面だけでも私と仲良くしてくれるのなら。千波を幸せにしてくれるのなら。
でもその瞬間、誰かの手が私を制止した。
「……そんなことしなくていいから!」
千波だった。私は地面に正座したまま、千波に抱きしめられる。
美月は私たちを見下ろしながら、顔を引きつらせていた。
「……なんなのよ。これじゃ、まるで私たちが悪者みたいじゃない」
行き交う人たちは気の毒そうに私と千波をみている。美月たちは逃げるように私たちを放ってどこかへ消えた。その時、偶然通りかかったらしい他のクラスメイトが、私たちの元へとやって来る。
声をかけられて、私はそちらを向く。
するとクラスメイト達は、どうしてかみんな申し訳なさそうな顔をしていた。彼ら彼女らによると、クラス総出で私をからかってやろうという話だったらしい。美月がその提案をして、みんな渋々従っていたようだった。
私は小学生の頃を思い出していた。いじめを止めに入った千波がむしろいじめられて、ハブられて。それは虐めの主犯格がクラスの人気者だったから。でもみんなは、もう小学生じゃない。人に同情も出来れば、自分の判断で許すこともできる。そんな、高校生だった。
「ごめん。誤解してたみたいだ。紗香さんは本気で頑張ってたんだな。麗さんみたいになろうと。本当に、ごめん」
次々にみんなが私に謝ってくれる。こんな大勢に頑張りが認められるのは、初めてだった。
〇 〇 〇 〇
そのあと、私と千波はクラスメイトたちと遊ぶことになった。ゲームセンターにいったり、ボウリングをやってみたり、カラオケで歌ってみたり。
千波は私の隣でとても楽しそうにしていた。私はますます頑張らないといけないなと思う。私が傷つけば千波も傷ついてしまう。だから麗みたいにならないといけない。誰からも尊敬されて、誰からも優しくされる。そんな人に。
夕暮れ、私たちはクラスメイトたちと笑顔で別れた。
「楽しかったわね」
「そうだね」
「私のために頑張ってくれてありがとう」
千波は私と手を繋いだ。それも恋人つなぎで。人がたくさんいる中で。
私は千波をみつめた。とても幸せそうな顔をしていた。私も気付けは微笑んでいる。
でもその時、正面からカメラの音がした。逆光で見えないけど、その影は小柄で町田に似ていた。私たちが目を向けると、慌てた様子で逃げていく。
少し不安に思ったけど、恋人でなくとも友達なら手くらい繋ぐはずだ。
「……学校の皆には話さないほうがいいよね? 私たちが付き合ってるってこと」
自分の気持ちは誤魔化したくない。でもそれによって千波に不利益が生じるのなら、隠す必要がある。
「もしも学校の皆に知られたなら、私の母にも伝わるかもしれないわ。あの人、知ってたわよね? 紗香が不良だったってこと」
千波の母は私の顔を一目見て、敵意を示していた。その上、千波の両親は友達付き合いすらかなり制限しているという。そんな状況で、私と千波が付き合っているということを知られればどうなるか分からない。
無理やり別れさせられる可能性も十分にある。
「……そうだね。黙っておいた方がいいかも」
私たちは手を繋いだまま、地下駐輪場まで歩いた。
しばらく自転車を押しながら二人で歩いて、人気の少なくなってきたところで二人乗りをする。千波は後ろから私のお腹に手を回して、体を密着させてきた。胸がドキドキしている。私も、千波も。
だけど夕暮れの街を走っていると、嫌でも千波の家が近づいてくる。千波は母の言葉を破って、私と街に出たのだ。きっと家に帰れば憂鬱な目に会うはず。そのことを思うと、私も憂鬱な気持ちだった。
日が沈んでいく。夕日が半分見えなくなった頃、私は自転車をこぐのをやめた。
「ここでいいわよ」
角を一つ曲がれば千波の家というところで、私は千波を下ろした。週末に出かける約束をしたのが私であるということはばれている。でもそれでもできるだけ母親を刺激しないようにと考えてのことだろう。
「ばいばい。千波」
「ばいばい。紗香」
私たちは見つめ合って、優しいキスをする。それから千波は物悲しそうな表情で私に背中を向けた。離れていく後ろ姿は、とても小さくみえた。
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