不自由
それから一週間たった。
でも千波は私に話しかけてくれなかった。ついに我慢できなくなってしまった私は千波の所にいく。すると千波は突然立ち上がって、逃げ出そうとした。
「ちょっと。どうしたの千波」
人気のない渡り廊下でようやく千波を引き留める。振り返った千波は涙を流していた。
「……お父さんとお母さん、離婚するんだって」
〇 〇 〇 〇
「私たちが恋人つなぎをした写真が出回ったみたいで、それをみたお母さんがキレたのよ。それでたまたま帰って来てたお父さんにあたって、喧嘩が止まらなくなって……」
私は千波を抱きしめた。千波は苦しそうに嗚咽を漏らしていた。
「それでね、お母さんとお父さん、どっちについていくか選べって言われてるの」
私は千波の背中を撫でながら話を聞く。
「もしもお母さんについていけば、私はお母さんに自由を奪われる。もしもお父さんについていけば、私は自由になれる。でも引っ越さないとだからきっと遠くの高校にいかないといけなくなる」
千波は流れる涙も拭わずに私をみつめて問いかける。
「どうすればいいと思う?」
「……それって、いつまでに決めないとなの?」
「文化祭の翌日までには決めないとだって。お父さんが私のことを思いやってくれたんだと思う。せめて文化祭くらいは楽しんでほしいって」
私は千波と離れたくなんてない。でももしもお母さんと一緒に過ごすように言えば、千波はきっと苦しむことになると思う。千波のお母さんは厳格でも過保護なのでもなくて、ただ、娘をものとしか思っていない。
遊びに出ただけで、写真を見ただけで夫婦で大喧嘩することになった。そのうえ、離婚なんて。そんな娘の気持ちを考えない決断をする人の所に、千波を置いていたくない。
だけどお父さんと過ごすようにいえば、千波は私の元を離れてしまう。会うことも出来なくなって、そうなればもしかすると関係が自然消滅してしまう、なんて可能性もある。
私は千波のことが好きだ。だからこそ到底どちらの選択肢も選べそうにはなかった。
黙り込んでいると、千波は私を強く抱きしめて告げる。
「大好きだよ。紗香」
私も心から千波のことが好きだ。
でももしも私の思いが、千波から自由を奪ってしまうのだとしたら。
私は、どうすればいいのだろう。
考えていると、どうしてか私はトラックに轢かれる寸前の楓を思い出していた。麗は何のためらいもなく、自分を犠牲にして楓を救い出していた。
私は千波の肩を押して、突き放す。声が震えていた。涙も溢れ出してきそうだった。でも必死でこらえて告げる。あたかも何とも思っていないみたいに、告げる。
「私が千波を好きなのは私のことを信じてくれていたから。ただ、それだけ。もしも千波じゃなくても私は好きになってたと思う。だから別に、千波は私にとって特別な人でも、なんでもないよ」
千波は信じられないという顔をしていた。そして迷いなく笑った。
「紗香は嘘つきだね」
嬉しい。私がどれだけ千波を好きか理解してくれているのは本当に嬉しい。でもこのままだと千波は自由を失ってしまう。だから私は涙をこらえて、嘘を話す。
「……嘘じゃないよ。私は申し訳ないって思ったんだ。ずっと私のことを信じてくれたって聞いたとき、ずっと裏切り続けてたんだってことにも気付いた。だからその罪滅ぼしをしないとだめだって思った」
「嘘だよ」
「本当だよ。私は千波のことなんて、ちっとも好きじゃない。ただ、罪悪感を無くすために、その為だけに、私は千波のそばにいた。千波の告白を受け入れた。千波を好きなふりをした」
「そろそろ怒るよ?」
千波は私を睨みつけていた。それでも私はとまらない。
「本当はずっと嫌だって思ってた。女同士だなんて耐えられないって。だから写真を撮るように不良仲間に頼んでおいたんだ。それで、ばらまいてもらった」
「嘘だよそんなの!」
千波は大声をあげた。もしも私の言葉が本当なら、千波の両親に決定的な亀裂を入れたのが私だってことになる。そんな相手を、千波は好きではいられないだろう。
「本当だよ」
私は震えを必死で抑えて、冷静に言葉を返した。すると千波は無言で私の前から立ち去った。その表情には敵意が、かつてのクラスメイト達のような敵意がみえたような気がした。
〇 〇 〇 〇
中間テストがやって来た。テストの最終日、テストが終わると、宮城がすぐにやって来て廊下から私の名前を呼んだ。
「どうだったんだ? 紗香」
私は廊下まで歩いて告げる。
「うん。一位、取れてるかも」
すると宮城は私と肩を組んだ。
「期待してもいいんだな?」
「うん」
宮城は自分の才能が誰かを挫折させてしまうことを恐れていた。だから私が宮城以上の点数を取れば宮城のトラウマは払拭されるはずだ。
だけど手放しに全てを喜べる状態でもなかった。
すぐにチャイムが鳴って担任が教室に入ってくる。
宮城は慌てて自分の教室に戻っていった。私も席に着く。そして千波の後姿をみつめる。あの日から、千波とは一言も言葉を交わしていない。
やっぱり辛い。大好きな人に嫌われてしまうというのは。でも私が千波の枷になっているというのなら、これはやむを得ないことなのだろう。
例え私と別れてもいつか他に好きな人はできると思う。でも自由はかけがえのないものだ。代わりなんて効かない。それを奪ってしまうのは絶対に違う。
だから私は間違ってない。
「文化祭での出し物について話し合ってもらう。委員長。進行は任せた」
担任が告げた。すると千波は「はい」と答えて立ち上がった。担任は脇にはけてパイプ椅子に座っている。千波は委員長然とした真面目な表情でクラスメイト達の前に立った。
「それではまずは出し物についてですが、何か意見はあるでしょうか」
静かな口調でそう告げる。私はじっと千波をみていたけれど、千波は一度も私を見つめ返してはくれなかった。クラスメイト達はそれぞれ盛り上がりながら出し物を提案していく。
そのたびに千波は黒板にチョークで記していく。お化け屋敷、射的、焼きそば屋さん、劇、ボウリング、カラオケなどなど。おおよそ意見が出尽くした。
やっぱり千波の姿をみていると、あの日々が恋しくなってくる。短かったけど、人生で一番幸せな時間だった。きっと千波は文化祭が終わればどこかへと引っ越してしまう。だったら恋人ではなくてもいい。せめて、友達くらいにはまた戻れないだろうか。
そんなことを考えてしまう。
「おい、誰か書記やってくれないか?」
忘れていたのか先生が途中になってからそんなことを告げた。
気付けば私は手をあげていた。
「おお。紗香か。最近はよく頑張ってるな。任せたぞ」
「はい」
私はノートをもらうために、担任の所へ行く。千波は私をじっとみつめていた。何を考えているんだとでも言いたげな顔だった。本当に、その通りだ。突き放すような真似をしておいて、友達になることを望むだなんて。
席に戻って黒板の内容を写していく。窓際だから、太陽の光がまぶしかった。埃が小さな教室をキラキラと舞っていて、同年代の生徒達がそれぞれ盛り上がりながら意見を出していく。
青春そのものな空間が広がっている。もしも私たちが今も恋人でいられたのなら、それだけでもきっとこの瞬間は何百倍にも幸せだったはずなのに。
今は後悔ばかりだ。でも後悔といっても、間違えたつもりはない。
千波は私の知らない高校に行って、そしてそこでたくさん友達を作るのだろう。そして誰か、たぶん千波のことだからすごい美少女かすごいイケメンと付き合うのだろう。そうでなければ釣り合わない。
私はそもそも千波になんて相応しくなかったんだ。そう思うと、不思議と心が楽になってきた。失うべくして千波を失ったのだと自分を正当化できるような気がしたのだ。
黒板の内容を書き写していく。
出し物は焼きそば屋さんに決まったみたいだった。次は係決めだ。係は材料、調理、接客と三つに分けられていた。それを更に前半と後半で分割する。私は千波がどこを希望するのか伺っていた。
すると千波は調理を選んでいた。私もすぐに調理に立候補する。
おかげで千波と同じ仕事を担当することができた。
千波と紗香。私たちの名前が隣に並んでいるのをみると少しうれしくなった。でも千波は何とも言えない顔をしていた。
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