不穏
家に帰ってから勉強をしていると、スマホにメッセージが届いた。千波からだった。
私は目を見開く。そこにはこんなことが書かれていた。
「ごめん。やっぱりしばらく話せないかも。私のことでお父さんとお母さんが喧嘩して、お父さんが家、出ていっちゃったんだ。それで、お母さん今、凄く精神が不安定だから。ごめんね? 今は素直にお母さんのいうこと素直に聞いてあげようと思う」
翌日、月曜日、学校に向かうと教室には千波がいた。私はクラスの皆に「おはよう」と話す。すると美月たちと千波以外はみんなあいさつを返してくれた。クラスメイトの一人がこんなことを教えてくれる。
「委員長と紗香さんが恋人つなぎをしてる写真が出回ってるみたいで」
そう言ってスマホを差し出す。そこには私たちの姿が映っていた。
「二人は付き合ってるんじゃないかって噂になってるんだって。まぁ誰も信じてないけどね。女子なら仲が良ければこれくらい普通にするし」
私はその情報を教えてくれたことにお礼を言う。きっと町田の仕業だろう。あの影は町田に似ていた。私は窓際の自分の席について、教卓近くの千波の背中をみつめる。
千波の後姿は辛そうだった。
私は間違ったことをしたのだろうか。千波を誘わずに一人で美月たちの元に行くべきだったのだろうか。その辛そうな後ろ姿をみていると、正解が分からなくなっていた。
もしも麗ならどうしていたのだろう。そればかり考えてしまう。
授業を聞いていると、昼休みがやって来た。私は千波に声をかけそうになってしまうけど、今はやめておこうと思った。
学校で話しかけても、流石にお母さんにはばれないだろう。でも千波は優しいから不安定なお母さんのことを心配して、私とは距離を置きたがっていると思う。私は一人校舎裏のベンチに向かった。
そこには宮城がいた。私は宮城の隣に腰をおろす
「あれ、委員長と一緒に食べないのか」
「千波、なんか両親が大喧嘩したみたいで。多分その原因は、私が土曜日、千波を遊びに連れ出したこと」
「なんで遊びに連れ出しただけでそんなことになるんだよ」
「お母さんが過干渉みたいでさ、私みたいな不良とは付き合わせられないって。これまでも友達と遊ぶことや誰かと付き合うことも禁止してたみたい」
「委員長も厄介な奴を親に持ったもんだなぁ。なのにどうしてあそこまで素直に育ったのやら」
千波は何一つとして自分の自由にはできないと話していた。でもたった一つだけ、守っていたものがあるともいっていた。それはきっと、私への好意なのだろう。思いが通じ合った瞬間の千波はとても嬉しそうにしていた。
「紗香、まさか委員長の家の問題に首突っ込もうとか考えてないよな?」
私はパンをかじりながら言葉を返す。
「流石にそんなことは思ってないよ。麗だってそこまでは出来てなかったから。私ができることは、ただ優秀な成績をとって私が不良だって先入観を無くすことだけだよ」
「そう上手く行くかねぇ」
「どうして?」
「たとえば町田が突然改心したとして、お前はそれを素直に受け止められるか? なにか裏があるんじゃないかって勘ぐるのが普通じゃないか?」
「だったらいい成績を取り続けるだけだよ。信じてもらえるまでずっと。それじゃあ私は教室に戻るね。勉強しないとだから」
食事を終えて私は立ち上がった。教室に戻ると千波は別のクラスの男子生徒に声をかけられていた。
「俺と付き合ってくれない?」
〇 〇 〇 〇
「俺と付き合ってくれない?」
男子生徒の容姿はかなり整っているようにみえた。私は今すぐにでも突撃したい気分だったけど、何とかこらえて自分の席に着く。
「ごめんなさい。好きな人がいるのよ」
千波はきっぱりと断っていた。でもそれでもあきらめられないのか男子生徒はこんなことを告げる。
「文化祭の公開告白で呼ぶから、それまでに考えておいて欲しい」
男子生徒はさわやかな笑顔を浮かべながら、教室を出ていった。
文化祭は中間テストが終わって一週間後に行われる。この高校には公開告白なんていう青春の象徴みたいなものがあって、そこに呼ばれた人は学校近くのホールで全校生徒や保護者たちにみつめられながら、舞台の上で告白を受けなければならない。
馬鹿馬鹿しいと思いながら、私はため息をついていた。そんな場所で告白されたって、気持ちが変わるわけないでしょ。
でもこそこそとクラスメイト達は話していた。
「あそこに呼ばれた子って大抵告白受け入れてるよね。なんでだろ」
「そりゃあんな大勢の前で、振るなんて無理でしょ。だってみんな望んでるんだよ?カップルができることを。それに逆らうのって結構しんどいと思うなぁ」
そんなものだろうか。私は英単語帳を取り出しながら思う。
千波はちらりと私の方を振り返った。でも話しかけてくることはなかった。
私は千波を信じてる。だから少しも不安じゃない。いや、少しは不安だけどでも千波ならきっと大丈夫だ。でもそれより今は勉強が大切。千波のお母さんにせめて友達としてだけでも認めてもらうために、一位を取らなければならない。
私はひたすら勉強に励んだ。
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